小説『Butterfly Dance Night -完』
作者:こめ(からふるわーるど)

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 見ていると、ふと気がついたかのようにある方向を向く母。そして少しさびしそうな顔をしている父の顔が入ってきた。
 両親が見ている先には別のひと組の家族がいた。何故かはわからないが、泣いている夫婦の間には一人の男の子。髪が銀色で緑色の強い瞳が印象的だと思った。
 男の子は戸惑ったように下を向いている。
男の子の母親が、頭を撫でた。そして次の瞬間に男の子が崩れ落ち、口元を手で押さえる。その姿を見てその子の母親が嗚咽を上げて泣いた。男の子の父親は、涙は見せなかったものの、自分の息子の辛そうな状況を見て、同じく辛そうな表情をするのだった。
その両親は辛そうで悲しそうで「助けて、助けてください!」と言葉を繰り返している。その言葉はシルエットの家族に向けられていた。
「お名前、なんていうの?」
 口元を押さえて荒い息を吐いていた男の子がシルエットを見た。そこでこの世界を見ている方のシルエットははっとなる。
 だめ、それをしてしまったら……!
「……ヴィオラ」
 シルエットが感じたのと男の子が名乗った時が同時だった。ヴィオラと言った男の子は少しだけ震えた様子で言う。
 幼いシルエットは「そっかぁ。身体の中にすごいエネルギーがたまっているのね。お手伝いしてもいい?」と言った。こくりと相手が頷いたのを見ると、にっこりとシルエットは笑う。
 そういってヴィオラと名乗った男の子の手を握った。

 ソラが卵を孵化させた。そのニュースが嬉しくて、今日はあまり寝付けない。気づけば外は明るくなっていた。
 興奮と緊張感がヴィオラを包んでいた。ソラの周囲にいる蝶も綺麗だったのだ、ソラが見たという孵化した瞬間……それはとても美しいものだったに違いないと思った。
 そこでふと、自分の護っている卵の孵化する瞬間に自分は達絵あるだろうかと考えた。自分の卵の孵化する瞬間のことを考えると、不思議と顔がほころんだ。まだ見ぬ未来のことを考えると、ヴィオラはちょっとだけ興奮を覚えていたのだった。楽しみ、という言葉が一番合っていると思う。
このままベッドの上で転がっていても眠れそうにないので、いっそ寝ないでそのまま学校に行こうとベッドから身を起こした。
 その時に軽く、顔を横断する傷に軽く布団が触れた。そのせいでヴィオラは顔を少し歪ませた。
「…………ッ」
 強い痛みではないが、反射的に顔の傷を手でおさえた。立ち上がって鏡の前に立つ。そこには顔に傷のある自分の顔がよくうつっている。疼いた傷の痛みを我慢するように歪めた顔でヴィオラは鏡にうつっていた。
「いつからついたんだ、この傷……」
 物心ついた頃からついていたような気がする。普通顔を攻撃されて傷が残るのだったら鼻や顔の骨は確実に折れていると思うのだが、ヴィオラの骨には特に異常はない。
 ではこの傷はどうやってついたのか……そう聞かれると返答に困る。過去の記憶を辿ってみても、自分の顔に傷をつけた人物や出来事はわからない。
 だが、以前からひっかかっている部分がある。それは傷がついた瞬間、どんなかんじだったのかと自分の両親に聞いた時のことだ。両親は言いにくそうにヴィオラから目をそらし「その傷はつけられたんじゃなくて、出て来たものなのよ」と言われた。
 …………出てきた?
 そう当時も思ったが、今も時々思うのだ。詳しい事情は教えてくれなさそうだったので、軽くその傷が出てきたという時の状況を聞いた。
 両親に言わせるとある日に怪我をしていないのに一部分だけ、かさぶたのようなものが出てきたらしい。そのかさぶたのようなものは次第に顔を横断し、傷のようなものに徐々に変わっていって今の状態になっているという。ヴィオラにとっては説明されても全くわからなかった。
 ため息をつき、鏡にうつる自分を凝視していると、ふと黒いワンピースを身にまとった女の子の姿が脳裏によぎった。その女の子は無邪気に笑っていた。
 自分とは縁のなさそうな子なのだが、ヴィオラには少しだけ見覚えのある子だった。それはどこの誰かはわからないが、記憶の片隅にあるなら、どこかで軽く接触したことがあるのだろう。
 自分の傷と同様、これ以上考えるのが難しそうだと思ったので、ヴィオラは考えることをやめた。

「…………あ」
「起きたのかい?」
 明け方、皆が活動を始める頃。シルエットは自室のテーブルに突っ伏して寝ていたようだ。起きて顔を上げると、自分と対になるように座って本を読んでいるユーディアがいた。
「よく眠っていたよ」
 ぽん、と本を閉じる。その表情は穏やかでシルエットを安心させるものだった。シルエットはその穏やかな表情につられて笑みを浮かべるが、はっとなって下を向いた。そして「ねぇ、ユーディア」と昨晩考えていたことを話そうとする。シルエットの続きをユーディアは遮った。
「さよならなんて、まだ言ってほしくない……と私は思っている」
「なぁに?まだ何も言ってないのにぃ……」
「だって、シルエット」
 ひどい顔で泣いているよ。
 言われてはっとなる。シルエットの頬には熱いものが伝っており、おそるおそるそれに触れる。
 あったかい。
 そう笑って目を閉じ下を向いてシルエットは泣いた。
「私はね、まだシルエットと縁を切りたくないと思っているんだ」
 テーブルに肘をつきながらユーディアは話を進める。彼の目の前で泣いている彼女は顔をあげる。ひどい顔だよ、もう一度そう言ったユーディアはハンカチを差し出す。
「仕事なら、もうできないわよぉ?」
 ハンカチを受け取り、自分の悲しさとユーディアの優しさが混ざり合う。その何とも言えない感情がシルエットを包んでおり、ただ正直に自分の気持ちを話すことしかできない。
「仕事じゃないさ」
 ユーディアは笑う。
「そうだね……シルエットにはずっと私の傍にてほしいと思っているよ」
 その言葉にまた目頭が熱くなる。泣きすぎて差し出してもらったハンカチでは足りないくらい泣く。
「仕事なんてできなくていいんだよ」
 シルエットの頭を撫でると、ユーディアはにっこりと笑った。
 泣きながら頷くシルエットは「もう縁を切らなきゃいけないと思っていたわぁ」と涙声で言う。ユーディアは立ち上がってそんな彼女を抱きしめ、はなしたかと思うとシルエットの顔を両手で包みこむ。
「もう、心配しなくてもいいんだよ」

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