小説『Butterfly Dance Night -完』
作者:こめ(からふるわーるど)

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 植物を育てている校舎にはソラがいた。ソラは膝をつき、孵化した卵のあった場所を寂しそうに見つめ、だがしばらく見た後には立ちあがって笑顔になった。
「よし、僕も蝶達を見習って卒業がんばる!」
 ソラは独り言のように言い、そばにあった鞄を持とうとした時に校舎内の空気が変わったのがわかった。
 ソラ周囲を警戒し「誰だ?」と言う。だがそれに答える者はおらず、ソラは周囲に黒い影を見つけた。その影に警戒していると、影はソラに向き合うように形作られる。
「まさか、忘れたなんて言わせない?」
 声が聞こえた。それは女性の声で、ソラはその声を発したと思われる影を見つめる。戦闘態勢に入るソラは影が徐々に人の形を成していく影を警戒して見つめていた。
 ソラには疑問があった。先ほどの声は聞いた事のある声で、言葉からして相手はソラのことを知っているようだった。
「誰……?」
 ソラは影を見つめる。完全に人の形になった影は黒いマントをはおっており、その人物の顔を見るとソラは目を見開いた。
「本当に忘れたのね?」
 影から人の形をしたその人物はソラに向き合う。ソラは目を見開いたままその人物を見ていた。黒いマントをはおっているその人物は、フードや仮面で顔を隠すわけでもなく素顔をさらしていた。そのままじっとソラを見る。
「もしかして……もしかしてなんですけど」
 ソラの心臓がドキドキといっている。目の前にいる人物、それは入学当時からソラがとてもお世話になっており尊敬していた人物であって、ある晩に失踪したという情報が入っている人物だった。
「カルサイト先輩……ですよ、ね」
「そうよ」
間違いない。去年卒業して士官になったという女性であるカルサイトが目の前にいた。ソラはカルサイトに影響を受けて士官を真剣に目指すようになったのだ。だがそのカルサイトが黒いマントをはおって何をしているのだろうか。一番にソラはそう思った。
「しくじった、ようね」
天井を見上げて保健室のある方向を見るカルサイト。ソラはそこになにがあるのか気になり、ちらりと保健室のある場所を見た。保健室はカーテンが閉められていて中の様子は伺えない。
「カルサイト先輩……先輩は何をしているのですか……?」
 バクバクという心臓をおさえながらソラは問う。ソラの問いにカルサイトはまた「そうよ」と言う。
 カルサイトの様子を見て、ソラはがっかりとすると同時に不安を覚えた。いつも勉強に熱心で、強くて優しくて強い瞳を持っていた人物。そんなカルサイトが今は死んだような目をしており、恐ろしい表情をしていることがソラの不安を掻き立てる。
「私は」
 カルサイトがソラをまっすぐと見つめて口を開く。
「私は頼まれたわ。人を連れて来るようにと。だから私はあなたを連れて行くの」
 冷や汗が流れ、目は開いたままだ。ソラはカルサイトのその言葉で全てを理解したような気がした。唇をかみしめ、ソラが何か言おうとするがカルサイトのほうが先に口を開いた。
「ソラ。まさかあなた自分のやったことを忘れたんじゃあ……いいえ、忘れるようにできているのよ、これは」
 首を振り、無表情のままでカルサイトは言った。ソラにはカルサイトの言っている意味がわからなかった。忘れるようにできているとはどういう意味なのか、それに自分のやったこととは?という疑問がソラの中を駆け巡る。
「……どうやら忘れているらしいわね。じゃあ、思い出させてあげる」
 そう言ってカルサイトはソラに一歩近づいた。一方ソラは頭が混乱していてとっさの行動をとれずに固まっていると、目の前にナイフを突き付けられた。
「ソラ、あなたは……とんでもないことをしてしまったのよ。あの夜にね」
 突き付けられたナイフの切っ先から目が離せない。ソラが思い出そうにも思い出せずにいると、カルサイトは空気を切るようにソラの目の前の空間を切った。
「う……わ…………!」
 ナイフが斜めに振られるのと同時にソラは声を上げた。声を上げるだけでは足らずに頭の抱えると、カルサイトは「どう?思い出した?」と表情を変えずに問い尋ねる。
 ソラは目を見開き、身体中の血液が流れだすように体内が冷たくなるのを感じた。
「私のトップが、記憶を失くすようにしてくれていてよかったわね」
 カルサイトの冷たい声が聞こえる。
「そう、そうだよ。僕は……少し前まで失踪事件に関与していた人物なんだ……」
 ソラはぎゅっと目を瞑った。
「そう、思い出したのね」
 校舎の中にカルサイトの声がぽつんと落ちてくる。一方目を開けたソラは、カルサイトによって思い出された記憶をたどる。ソラが思い出している間にカルサイトは靴音を鳴らしながら独り言のように話す。
「あなたは失踪事件の捜索に士官候補生を入れることになった時、一番先に選抜で選ばれた士官候補生の一人だったわね?その時の被害者は結局見つからず、今の状態になっているわね」
ソラは弱弱しく「……はい」と言う。カルサイトは続ける。
「犯人も、誰がわからないまま……。ここは仕方ないわよ、と言っておくわ。今実装事件に関わっている私でさえ、後ろで糸を引っ張っているトップと呼ばれる犯人がわからないもの」
 カルサイトはちらりとソラを見た。だが興味を失くしたように無表情のまま話を続ける。
「士官候補生も参加した捜索がなかった日があったわね。そこであなたは捜索がない日に正義感で一人でパトロールをしていた時に失踪事件に遭った。これは覚えている?」
「……覚えて……いません」
 ソラが絞り出すような声で言うと、カルサイトは「そう……」と少し残念そうな顔をする。ソラはカルサイトを見た。
「なんでそんなことを詳しく知っているのか、っていう顔をしているわね」
 上げたソラの顔を見ながらカルサイトは言う。ソラはこくりと頷くと、カルサイトは「ちょっとね、知る機会があったのよ」と言って目を天井に向ける。
「でもあなたの失踪事件は、事件にならなかったわよね。それが何故かわかるかしら?」
 ソラはその時の状況を必死で思い出す。そんなことがあったのだろうか、そもそも僕は失踪事件の被害者でもあったのだろうか、と頭を押さえながら考える。カルサイトはそんなソラを見ながら「トップからの話なんだけどね」と言う。

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