〜プロローグ〜
目を開ける。
何が起きたのか分からなかった。
身体はあちこちが壊れて大量の血が流れ出ている。
視界は左半分しか見えず、右目はもう機能してなかった。
体中から味わったことのない激痛が走る。
それでも、俺の口からは悲鳴も絶叫も上がってこない。
この時俺の喉は完全に潰れて、発声はおろか呼吸もまともにできなかった。
――死ぬな、これは。
残った意識でなんとか状況の確認をする。
詳しく思い出せないが、道を歩いていた時に頭上から鉄骨の山が降り注いだらしい。
恐らく工事中の事故だろう。
そこに偶然とはいえ通りかかってしまった俺は、余程神様に嫌われていたということか。
幸い、他に巻き込まれた人はいないようなのでほっとする。
死ぬのはつらいが、俺だけが犠牲になるなら別にかまわな――
『――だ―――ね』
……いや、ちょっと待て。
あの時ここにいたのは、本当に俺だけだったか?
『あ―たの――みだ――ね』
意識を総動員して記憶を探る。
『明日――たのし――だね』
そうだ。あの時は俺の他にあいつが――
『明日の入学式、楽しみだね』
思い出した!
俺はあいつと二人で街の歩道を歩いていて、そこで事故に巻き込まれたんだ。
急いで周囲を見回す。
頭には最悪のビジョンが浮かんでくる。
それを振り払い、ガラクタ同然の手足を懸命に動かして捜索を続ける。
――大丈夫。きっと大丈夫。
そう祈りながら鉄骨の隙間を這っていく。
やがて、探し人は驚くほどあっさり見つかった。
――あ。
見覚えがある。
最近買ったといっていたお気に入りのワンピース。
ドット柄で水色のその服は、底抜けに明るいあいつによく似合うと思っていた。
それも今は深紅に染まっている。
――あ、あ、あ。
のろのろとした動作で顔を上げる。
そこには、頭部に鉄骨が突き刺さった女性の死体が倒れていた。
――うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
何かが壊れた。
俺の中で今まで太陽のように輝いていた存在が、今は物言わぬ骸と化している。
それを理解した瞬間、俺の心を支えていた柱が粉々に砕け散った。
世界に色がない。
なにもかもどうでもよくなった。
今の俺には現実を否定し続けることしかできない。
――認めない!!こんなものは認めない!!
地面に拳を叩きつける。
殴るたびに骨は砕け、指は千切れる。
それでもやめられない。
やめてしまえば、この事実を認めてしまう気がしたのだ。
――誰でもいい!!彼女を生き返らせてくれ!!必要ならなんだってやる!!悪魔に魂を売ってもかまわない!!だから――
そして願う。
それが自身の破滅をもたらすとも知らずに。
――この運命を変えてくれ!!!!
それで終わり。
少年の意識は完全に途絶えた。