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二週間が経過した。
その間、ヴァルガとナナはたびたび魔王の元に呼ばれ、彼の話し相手となった。おそらく意識してのことだろう。魔王は残された期限について何も語らなかった。ただヴァルガから語られる人間界の様子を、目を細めて聞いているだけだった。そんな彼の姿を前にして「いつ人間界へ帰してくれるのか」と切り出すことは躊躇いがあった。
魔王との談笑が終わると、次に目にするのは現実だ。
刻一刻と近づく光の壁。いまだ残る、鋳魂炉の傷跡。炉者と呼ばれる鋳魂炉の管理者が総出で修理に当たっているが、いっそ不気味なほど淡々と作業に没頭する彼らの姿を見ていると、逆に世界の終わりが近いような、そんな気がしてくる。
また一方で、ヴァルガとナナは様々な検査を受けた。人間界へ赴くにあたっての備えのためだが、すでに鋳魂炉の中では広まっている話らしく、検査の間中、冷たい視線に晒され続けることになった。おかげでナナはこのところ、沈んだ表情を浮かべることが多くなっていた。
そんなある日である。
ヴァルガたちのもとにひとつの知らせが届く。話があるので来て欲しいという内容だった。
指定された場所に行くと、薄く汚れの広がる白衣をまとった一人の男が扉の前に立っていた。彼を見た瞬間、ヴァルガが苦々しく呻き声を上げる。
あれって確か、二の研者さん……ヴァルガさん。知っているんですか?
ひん剥かれそうになった。
はい?
小首を傾げるナナを無視し、ヴァルガはじっと二の研者を凝視していた。この男と接した時間はごく短いが、すでにヴァルガの本能には危険信号を出すべき相手として定着している。
そして、その直感は間違ってはいなかった。
「お……おおおおぉぉぉぉっ!」
ヴァルガたちの姿を見るなり、みすぼらしい姿に似合わない爽やかな笑顔を満面に浮かべ、二の研者はこちらに走り寄ってきた。
「素晴らしいっ。すっばぁらぁしぃすぎるっ! これぞ両世界の融合、理を越えた理っ! いや、二週間もの長きにわたって我慢してきたかいがあった。眼福、眼福。うわっはははぁっ」
「え、え? あの……って、きゃあっ!?」
「おおう!? これはまさしく本物のカラダ。むう、鎧の質が何らかの影響を与えるものと思っていたが、いやはや、まさに最強の鎧を身に纏った戦いの乙女といった感じだな! どれもうひとつ」
「あああ、やややめ、やめてくださ……あうっ!」
事態が飲み込めず怯えるナナの身体を、好き放題に撫でまくる二の研者。その頬に、漆黒の右腕が容赦なくめりこんだ。
『離れろこの変態がっ!』
「ぐふっ……。そ、そうか。君の意志はその右手に現れているのだ、な」
「ふ、ふえぇぇ」
怒り心頭のヴァルガに、半泣きのナナ、そして反対に目を喜色で輝かせる二の研者――さすがに何事かと、周囲の炉者たちが目を白黒させている。
彼らの視線をものともせず――もっとも気付いているかどうかも怪しいが――細かく痙攣する足腰を手で支えながら、二の研者は立ち上がった。
「あの黒髑髏を倒した力だが、あいにくこの私の信念までは崩せないよ。ふは、ふはは」
『ナナ。ほっといて行くぞ』
「ああ、待ちたまえ。君たちを呼んだのはこの私だ。大事な話があるのだよ。大事な話が」
すがりついてきた二の研者は、言うが早いかヴァルガたちを引っ張って歩き始める。ヴァルガが抗議の声を上げてもどこ吹く風だ。
しばらくして、二の研者が足を止めたのは繋がりの扉の前であった。本来ならば入室には魔王の許可が必要なその場所へ、二の研者はためらいもなく入っていく。重厚な扉を苦労して閉め、二の研者は喜色満面で振り向いた。
「さて。ここならば下手に聞かれることなく話ができる」
ヴァルガとナナは呆れた。
『あんた……もう少し協調性というか、人の話を聞けよ』
「いやぁ面目ない」
誠意の欠片も感じられなかった。
二の研者はおもむろに近づくと、ヴァルガたちの周囲を何度も回り始めた。値踏みするように、視線が全身を上から下までまんべんなくなめ回す。ヴァルガは心の中で告げた。
ぶん殴っていいんだぞ、ナナ。
ふえぇぇ……。
どうやら最初の体接触がよほど衝撃だったらしく、心の中でも狼狽えた声しか漏らせないナナ。いざとなったら俺が守るしかないか、とヴァルガが腹を決めたときである。
「これを持ちたまえ」
懐から何やら細く小さな棒を取り出して、ヴァルガたちに差し出してきた。おずおずとナナが受け取ると同時に、二の研者が数歩下がる。『おい待て』とヴァルガが警告した。
次の瞬間――何かが弾けた。