「なんですって……!?」
「ここに集った者たち、みんな予言を信じて来た。戦い、希望、この日のためだ。それに……皇々神姫を魔王の手から救い出すことこそ我らの務め。予言の最終章。だろ?」
ミリッツが言葉に詰まる。反対に周囲の兵たちは瞳に力を取り戻した。そうだ、そうだ――というざわめきが静かに、しかし確実に広がっていく。ヴァルガはその様子を苦々しく眺めていた。
レニーカシュナが長年に渡って人々の意識に植え付けてきた予言、それは一種呪いのような働きを持っていた。勝てる勝てないの話ではない。人間は勝つ。必ず勝つ。ゆえに命をかけよ。その価値はある。そういうことだ。
結局、ほとんど変わらないじゃないか。人間も、鋳魂人も。
「……お話はわかりました。確かに、司令の仰るとおりです。この私も戦士の端くれ。戦い続けることに否はありません。なれば……私にも一隊を率い、前線に出る機会をお与えください」
硬い声でミリッツがそう言うと、ネクロスはうなずいた。
「許す。ただし――」
「司令っ!」
突如、将校のひとりが警告の声を上げた。
「巨人が……延焼した炎を集めています! あれは、天術!?」
「おや、おや」
暢気な声を上げたのはネクロスだけだ。魔王=皇々神姫の両手に向かって地表の炎が吸い上げられていく。猛烈な風が起きているのか、黒煙が千々に乱れていた。まるで灼熱の竜巻が発生しているようだ。
やがて炎は魔王=皇々神姫の手のひら大に収束した。
それをおもむろに――こちらへ向ける。
まさか、という声がどこからか漏れた。
「たっ、退避ぃぃぃっ!」
打ち出された火球が最短距離をたどってヴァルガたちの元へとやってくる。兵たちの悲鳴が重なった。だが動ける者はいない。すぐに、火球が人間の脚力では到底避けられぬほどの巨大さを持っていることに気付かされたからだ。
ヴァルガが動く。
同時にネクロスも動いた。
が振っていた巨大な岩剣を生成、火球の真芯に向かって一直線に突き進む。
ネクロスの周囲から白い輝きが噴き出し、かざした手のひらに収束する。直後に放たれた白光線。光に打ち抜かれた火球は輪郭を失い、靄(もや)となって停滞した。
そこへ――渾身の力を込めた岩剣の一閃が炎の靄を完全に分断した。
力なく墜落した二塊の靄は、やがて元の炎に戻って再び地上を焼き始めた。
「鬨の声を上げろ! 武器を取れ! 顔を上げるのだ! 勝利は我々の元にある!」
これまでの飄々とした態度が嘘のような大音声でネクロスが叫ぶ。それは目の前の光景に絶句した将兵たちの耳に響き渡った。
「絶望するな! 進め! 我らにはまだあのような切り札さえ残っているのだ! 進め!」
お……おおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!
――兵に士気が戻った。
伝令の瞳には生気が宿り、一刻も早く事態を方々に伝えようと全力疾走する。将校たちは矢継ぎ早に自らの隊へ指示を飛ばし、熱気に当てられた軍馬が激しく嘶(いなな)きを繰り返す。
理性の箍(たが)を外したような喧噪を背にミリッツの元まで戻ったヴァルガは、どこか恍惚としたネクロスの声を聞いた。
「隊は付ける。しかし前線に出てはならない。殺るのは彼らであり私だ」
「……あんたも、人を無駄死にさせたいのか」
「無駄にはならないねえ。人は死ねば死ぬほど良い。それがあの方の望みさあね」
「この方も皇々神姫様と同じか」とミリッツが背後でつぶやく。
ネクロスが嗤った。
「百万軍と破壊の王。そしてこの私。さあ、君たちに止められるかいね?」
指揮官が去った後、ヴァルガとミリッツの周囲には兵は残っていなかった。
戦いに散ってこそ我らに課せられた運命――そう言って、兵たちはネクロスの後を追って行ったのだ。
今、遥か先で人外の存在と壮絶な戦いを繰り広げている。いや、それはもう戦いとは言わない。虐殺だった。
「兄さん……」
ミリッツの声にもヴァルガは唇を噛んだ。強く、両手の岩剣を握りしめる。
「……行こう。ミリッツ。どのみち俺たちには、あの巨人を倒すしか道はないんだ。彼らとやることは同じ。命が失われる前に、一刻も早く……」
「うん」
うなずくミリッツの声に力はない。おそらく自分と同じ思いを抱いているのだろう。
どうすれば。
どうすればこの圧倒的な理不尽を止められる?