小説『ダーウィンが来た』
作者:市楽()

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 ダーウィンがいた。まだ始まったばかりの今日が慌ただしい早朝の神社にあいつはいた。

いつも昼まで寝ていそうなダーウィンには似つかわしくない時間と場所である。

信心深くもないあいつは何をするわけでもなく、ただそこにいて何かを待っているようだった。

そわそわと先ほどからダーウィンの視線は境内にある時計と、鳥居とを休むことなく往復している。

何を待っているのだろうか?少なくともおれではない。

先ほど鳥居の前を通り過ぎたおれは早朝の風景の一部にしか映らなかったのだろう。

今も気づく素振りはない。おれから声をかける気にならないのは意地かもしれない。

 ふと、おれの背中を何かが通り過ぎる気配がした。振り向くと一人のご老人が神社へと向かっている。

いや、一人だけではない。こちらからも、あちらからも続々と町内のご老人達が神社に集結し始めていた。

もしや、と思いダーウィンを見るとほっとしたのかいつもの人懐っこい笑顔を浮かべていた。待ち人来たり、

らしい。

 集まったご老人方は挨拶もそこそこに済ますと、手を合わせてあろうかことか神様ではなくダーウィンを

拝み始めた。数珠を手にして念入りに拝むご老人もいる。

みなさん一様に「これで長生きできる。ありがたや、ありがたや」と呟いている。

見間違いかと思い、目を凝らして見るとダーウィンではなくその隣にいるゾウ亀を拝んでいた。

いつのまにかゾウ亀は町内で長寿の象徴として崇められていたらしい。

ゾウ亀は拝まれ慣れているのだろう。凛々しく首を伸ばして堂々と拝まれていた。

拝み終わるとご老人達は饅頭や蜜柑などをゾウ亀の甲羅に置いていく。

どうやら供え物のつもりらしい。ダーウィンは嬉しそうにゾウ亀への供え物を搾取していた。

なるほど、ダーウィンはこうやって神をも恐れぬ方法で朝飯を得ていたのだ。

 納得がいったところで、結構な時間が過ぎたのに気が付く。

そろそろ行かないと始業時間に遅れてしまう。

最後に視線を境内に戻すと、これから健康的にラジオ体操でもするのかダーウィンと老人達は

間隔を測りながら広がっていった。

ダーウィンには遅刻も怖い上司もない。

-8-
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