小説『ダーウィンが来た』
作者:市楽()

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ダーウィンがいた。いつも一緒のゾウ亀の背に腰かけて、駅前でぼんやりしている。

視線の先にあるのは改札をすり抜けて家路に着く人々の流れや、夕暮れ時の商店街を行き交う人々の波。

とりとめのない日常の一コマがそこにはあった。

声をかけるとダーウィンはたいそう驚いた顔をしてこちらを振り向いた。

いつもおれが声をかけるまで気がつかない。

 あまりに驚くので、何をしていたのか聞いてみた。それはですね、と少しもったいぶってから、

「帰って来た人と帰って行く人、どちらが多いのか見ていました」と答えた。ダーウィンは今日も暇らしい。

この調子では、どうせ今日も我が家に来るのだろう。

このままにして帰るのもなんだか気が引けるので、一緒に帰ることにした。

改札を出てそのまま真っ直ぐに進み、道路一つ渡ると『お買い物は駅前商店街で!』という看板が

出迎えてくれる。

買い物客で賑わう駅前商店街をダーウィンと一緒に歩く。

おぉ〜、という感嘆の息を漏らすとダーウィンはきょろきょろと周りを見渡しながらゆっくりと歩き始めた。

その視線の先に何かを見つける度、ダーウィンは目の輝きを増していった。そのうち、辛抱たまらなくなった

のだろう「あれはなんですか?」と肉屋を指さして聞いてきた。

答えてやると次は八百屋を、その次は魚屋を、その次は雑貨屋を、薬屋を挟んでまた魚屋を指さして、

あれは、これはと聞いてきた。

何が珍しいのかダーウィンはすっかり商店街に魅了されていた。なかでもお気に入りは魚屋らしい。

ちょうどよい暇つぶしなので色々とてきとうなことを教えてやった。

あまりにダーウィンがふむふむと素直に聞くので、いつの間にかおれもてきとうなことを言うのに夢中に

なっていた。

だから「あの肉屋は亀のことが・・」などと自分で言うまでゾウ亀のことを忘れて歩いていた。

ゾウ亀を置き去りにしていないかダーウィンに聞いてみた。

するとダーウィンは「大丈夫ですよ」と事も無げに答えた。

あんまり簡単に言うので本当かと心配になって振り替えると、おれ達から少し離れたところにゾウ亀がいた。

心配したよりも遅れていないことに感心していると、

「わたしの歩調に合せれば大丈夫ですよ」とダーウィンが得意げに言った。

なるほど、いつも一緒にいるだけのことはあるらしい。

ただ、ゾウ亀がゼェゼェと甲羅で息をしているのでもう少しのんびり歩くとしよう。

ダーウィンはというと、「商店街すごいですね。わたし明日もここに来そうですよ」などと言っていた。

ダーウィンは明日も暇らしい。

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