小説『考えろよ。・第2部[頭隠して他丸出し編](完結)』
作者:回収屋()

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[空気を読めない青年と空気を読む気がない吉田]

「オマエ達、よ〜〜く聞け! 人質交渉の御一行が到着した。上手く話しが進めば、クリスマスのディナーにありつけるだろう。だから、今まで通り御行儀良くしておけ!」
 『中央エリア』――寄宿舎が建ち並び、資材置き場として使われるスペースが広がっている。蒼神達を引き連れてきたテロメンバーは、集合させられている人質達をアサルトライフルで威圧しつつ、野太い大声を響かせた。ちなみに、彼の仮面には額に『Y』と刺繍されている。正直、珍妙な外見になってしまうのだが、メンバー全員が常時同じのを付けているので、なにかアクセントを入れないと区別がつかないのだろう。
「ほ、本当か……?」
「わたし達、助かるの?」
「あ、ありがたい……」
 武装したテロメンバーに囲まれ、冷たい地面に直に座らせられた人質達が、口々に安堵の言葉を漏らす。彼等は一応防寒服一式を身につけてはいたが、この時期に外でじっとしているのは苦痛だ。ドラム缶に廃材を入れて火を焚いた暖が幾つかあるが、まるで戦災で家を失った人達の難民キャンプのようだ。
「さあ、子供をこちらに」
 Yの刺繍を施したメンバー……テロ・Yが毅然とした態度で手を差し出した。
「あの……一つだけ質問いいですか?」
 博士が相手をキッと睨みつけながら言った。
「何だ?」
 彼の態度が気に障ったのか、周囲の武装したテロメンバーが一斉に銃口を向けた。
「どうしてこんな幼気な子供を? こんな島で一体、何を?」
 沙那の小さな手を握る蒼神の手は、必要以上に力がこもっていた。放してはいけない……こんな非道な連中に渡してはいけない。この子は自分が守る。そんな心境が肉眼で確認できそうなくらい彼の手は物を言っていた。そんな時――
「この外道めッ! 恥を知れッ!」
 突如、人質の集団の中から大声で野次がとんだ。蒼神とテロ・Yがともに振り向いた先には一人の青年が立ち上がって、こちらをビシッと指差している姿が見える。
「黙れ! 座ってろ!」
 近くにいたメンバーが銃口を向けて凄んだが、その青年は一向に怯む様子は無い。そして、この事態を目の当たりにした沈丁花のメンバー二名がハッとして、手にしていたPDAのモニターを凝視する。
「あ、おったやん」
「……ですね」
 ハープとコントラが、モニターと青年の顔を交互に見ながら呟く。ダリア准将から?最優先で保護?と指示を受けた目標を発見した。
「君達が反政府運動の先陣を担って、この島を占拠した事は知っている! だが、そこにいるような善悪の区別すらまだ難しい小さな子供を捕まえ、自分等のプロパガンダに利用しようなど、愚の骨頂ッ! これを恥と言わずして何と言うんだッ!」

 ド〜〜〜〜ン!!

 舞台俳優にでもとりつかれたかのように、その青年――『相田杜仲』は言い切った。
(こ、コイツは……ヤバイで)
 ハープの顔色がみるみる悪くなる。クラスに必ず一人は存在する、場の空気を凍りつかせるコトに特化した学生。相田はまさにその典型だった。他の人質達から一気に血の気が引いているのが分かり過ぎて、もうなんか痛々しい。
「その制服……オマエもNPOのメンバーか?」
 テロ・Yが落ち着きを払って問う。
「そうだッ! 施設の撤去作業員募集の記事をネットで閲覧し、応募した。全ては世界平和を実現するためだッ!」

 ――――――――――――――は?

 老朽化した産廃施設の撤去がどう『世界平和』につながるのか。テロリスト達はもちろんだが、人質諸君も一瞬首を傾げてしまった。
(アカン、この兄ちゃんアホや)
 ハープのヤル気が少々萎えた。
「ともかく、子供は連れていく。それとも、目の前で200名の人質を一人ずつ処刑してからの方がいいか?」
 テロ・Yが沙那の震える肩をつかんで言った。
「……なら、ボクも一緒に行きます。ボクを人質にしてくれて結構です」
 蒼神の真剣な眼差しが相手を射る。
「この子の父親か?」
「いいえ。けど、今はボクが保護者ですから」
「ま、別に構わんよ。ただ、うち等のリーダーは好き嫌いが激しいんでね。なるべく行儀良くしといてくれ」
 そう言って周囲の仲間達に目配せしてから前進しようとした……が。
「なら、俺も行こうッ! 何をするつもりかは知らないが、君達の間違いを正すのが奇しくも人質となった者の務めと考えるからだッ!」
 またしても、相田が大声を上げて場の空気を凍りつかせる。
(やめろ〜〜……勘弁してくれ〜〜……)
(座ってろよ、バカ! 余計な火の粉を増産すんじゃねーよ、バカ!)
(ダメだわ。やっぱり殺されるのね……メンヘラのせいで)
(あ〜〜、すっごくトイレ行きたい。今なら尿で『SOS』って達筆で書けるかもしんない)
 一部変なのも混じってはいるが、人質達が心の中の本音っぽいのを念みたいにして送ってる。で、その?一部変なの?を明らかにかもし出してる人質を、すぐ近くに立っていたテロ・Aとテロ・Bが偶然発見した。

テロ・A:「なあ、アレって……何だと思う?」
テロ・B:「人質だろ」
テロ・A:「いや、まあ確かに。縛られて他のと一緒に座ってるけどよ……」
テロ・B:「…………」
テロ・A:「おい、今オマエ……オレと同じコト考えてたよな?」
テロ・B:「ん〜〜、まあ、なんつうか……?アレ?って本当に人質か?」
テロ・A:「だよなあ。思うよなあ。オレもしばらく前から気にかかってたんだけどさあ、ダレもツッコまないからさあ」
テロ・B:「何で目出し帽被ってんだろうな?」
テロ・A:「だよなあ。おかしいよな。しかも白衣着てんだよ。解体業者にどっかの研究員とか混じってたか?」
テロ・B:「いや、そんな情報は聞いてないぞ。それに、アルファベットの刺繍がされてないから、オレ等の仲間じゃないと思うぞ。代わりに『吉田』って書かれてるけど」
テロ・A:「けどよう、なんで?アレ?だけ縛られ方が厳重なんだ? 他の連中は両手首を縛られてるだけなのに、?アレ?は後ろ手にスマキにされて、猿ぐつわまで噛まされてるし」
テロ・B:「相当暴れたんじゃねえのか? よく見れば、なんか……潤んだ瞳でこっち見てるしよ」
テロ・A:「なんか気持ち悪いな……よく分かんねえけど」
テロ・B:「もう放っとけよ。オレ達にゃあ関係ねーよ」

 ――そんな感じでテロメンバー二名の会話が、隅の方でさりげなく交わされていたりして、その会話の対象になった人質は確かにとっても潤んだ両目で辺りに視線を送ってて、時々、地面の上を意味無く転がったりしてる。
「どうも立場というモノが理解できてないようだ……な」
 相田の直球な物言いにイラついたテロ・Yが、通信機を手に取った。
「こちら中央エリア。コンダクター、応答願います」
<どうした?>
「人質の一人がダダをこね始めまして。自分も柊沙那と一緒に連れて行けと」
<構わん、頭をブチ抜いてやれ>
「宜しいんですか? 衛星で監視されている現状で人質を殺害すれば、政府側は強行策に踏み切るかもしれませんよ」
<ガキが手に入った今、政府や軍部が空爆を実行することはない。いや、厳密に言えば……?こちらがさせない?>
「は?」
<とにかく、他の人質共が感化される前に見せしめとして吊るせ>
「了解しました」
 テロ・Yは納得しきれない面持ちではあったが、相田の肩を掴み、その場に無理矢理跪かせ、装備していたアサルトライフルの銃口を後頭部に突き付けた。
「人質諸君ッ! 君等の代わりとなる少年の身柄は確保できたが、今しばらくここに滞在してもらう。君等にとっても状況は快方に向かってはいるが、人質としてあるまじき行為に出れば、これまでと変わらず武力行使で応えるしかない。では、先程のような協調性に欠けた言動をした者がどうなるか……見ていただこう」
 ゴッ……
 銃口の冷たい感触が相田の地肌に直接伝わる。
(げげッ! マジでヤバイでぇ!)
 近くから様子をうかがっていたハープが焦る。
(ど、どうしよう……このままじゃ!)
 コントラの方は完全にテンションが人質と同じになって、両膝が小刻みに震えだしている。
「そうか……なら仕方ない。俺はここで死ぬ。だが、あくまで『世界平和』の糧となって死ぬのだから悔いは無いッ! 他の人質の皆ッ、後は頼んだあああああ――――ッ!!」
人質の皆さん:(頼むなあああああ――――ッ!!)
 心の中で全力で拒絶されてる。
「結構。では、世界平和とやらは死んでからゆっくりやってくれたまえ」
 引き金にテロ・Yの指が添えられた刹那――

 ガシャッ……

 ハープの左の二の腕から金属カバーが外れて地面に落ち、乾いた音をたてた。
(――――んッ?)
 テロ・Yが音に気づき、一瞬気が逸れた。

 ヒュンッ――――!!

「ぬおッ!?」
 陰から獲物を狙う蛇のごとく、ムチ状の物体が中空を駆け、アサルトライフルをはじきとばした。
「なッ、何だ!?」
「おいッ、アノ女! 何か腕に装備しているぞ!」
 人質達を取り囲んでいたテロメンバー達が、状況の急変に反応して一斉にハープの方に銃口を向けた。
(ああ〜〜、ああ〜〜、やってもうたなぁ〜〜)
 つい手が出てしまった。一瞬の衝動……とっても怖い上官の憤怒の面が脳裏によぎってしまったため。まさに後悔先に立たず。
「コントラ――――――ッッッ! 伏せやああああああああ――――――ッッッ!」
 耳をつんざくような一喝。刹那――伏せたコントラの頭上を、巨大なムカデを模ったような兵器がかすめる。

 ヒュンヒュンヒュンッ――――! ガキィィィィィ――――────ッッッン!! 

 とてつもないスピードで伸縮を繰り返し、空中で器用に軌道を細かく変更しながら、瞬く間にテロメンバー達の装備を潰してしまう。
「きゃああああああああああああああああああああッッッ!?」
「うわああああああああああああああああああああッッッ!?」
 人質、絶叫。当然だ。見慣れぬ物体が自分達の頭上を疾走し、空を裂く剣呑な音を響かせながら暴れだしたのだから。彼等は新しく登場した脅威に慄き、背中を押されるようにして、しゃがんだままで一斉に散開し始めてしまう。
「く、くそがァァァァァ――――ッ!!」
 敵の銃器は幾枚もの超振動ブレードで斬り裂かれたが、彼等のヤル気はまだくじかれておらず、腰の鞘からサバイバルナイフを抜き、正面から突っ込んできた。
 ヒュンッ――
 一閃。
「あぁぁぁ……げぇ……!」
 喉元がパックリと大きく開き、赤黒い血を垂れ流してテロメンバーの一人が俯きに倒れた。
「やめぇやッ! アホ共がッ!」
 ハープがカッと両目を見開いて一喝する。
「――――――ッ!」
 応戦しようとしていた他のメンバー達が足を止め、ナイフを握ったまま静止する。
「警告は今の一回きりやで。次に下手くそな刃物振り上げたら、オマエ等こそ産廃になってもらうからなあ」
 場の空気が制圧された。戦略・闘争のプロであるハープから見て、連中は明らかに素人だった。単にヤル気と意気込みだけは有り余っているバカに、適当な武器を持たせているだけ。言うなれば、人質達を監視しておくだけの留守番役だ。
(ふぅ〜〜……胆が冷えっぱなしやわ)
 彼女としては完全に出たとこ勝負だった。連中の仮面に刺繍されてるのがアルファベットということは、人数は30人に満たない。そして、この島の敷地面積を考えて、エリアごとを担当する人数は必然的に少なくなる。おそらくは、視界に入っているので全員……懸念すべき要素として、周囲に建ち並んでいる寄宿舎にスナイパーが配置されているかもしれないと想定もしたが、その心配はなかった。人質も蒼神博士達も無事だ。そして何より、恐るべき上官から最優先で保護せよと命令を受けた対象の青年が無事で……
 ザッザッザッ――
 無事……で?
 ザッザッザッ――
(な、何や?)
 その保護対象である相田杜仲が、一直線にハープの前へと歩み寄って来て、真剣な面持ちのまま対峙し、次の瞬間――

 スパァァァァァ――――――――──────ッッッン!

「へぶしッ!?」
 ハープの頬を思いっきり平手打ち。やられたハープの方は間抜けな声を漏らし、何が起きたのか分からず、瞳を潤ませて立ち尽くす。
「何てことを……何てことをするんですかッ!!」
 相田の怒号が飛ぶ。彼はメガネを外すと、ついさっき絶命したテロメンバーの傍らに膝まづき、手を合わせて祈りだした。
(ど、どどどどどど、どーなっとんねン!?)
 折角助けてやったのに、保護対象者からいきなり平手打ちを食らい、ハープは隣で同様に呆然としているコントラへ無言の視線を向ける。
 フルフルフルッ……
 コントラの方もワケが分からず、必死に頭を左右に振るだけだ。
「人命を奪う……それすなわち、世界平和を乱す行為ですッ!」
 メガネをかけ直して立ち上がった相田に、ビシッとハープが指差された。
「アホかッ! あのままやったらアンタ確実に殺されとったやろがッ!」
 彼の挙動がどうしてもウザかったのか、ハープは思わず声を大にして言い返す。
「俺はいつでも平和の糧となる覚悟ができてますッ! 甘く見てもらっては困るッ!」
 殺害される直前までいった人間とは思えないくらい堂々としている。
(アカンでコイツ……はよう何とかせえへンと)
 困惑するハープが再度コントラに視線を送ったが、相変わらず頭をフルフルするだけで、空気はとっても微妙だ。そして、彼等は相田のキャラの濃さにすっかり気を取られ、状況の異変に勘付いていなかった。

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