小説『花鳥風月 かまいたち[完結]』
作者:桃井みりお(999kHz Lollipop Records Radio Blog)

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今朝は、時おり強い風が吹く。

耕作が修正納品を済ませ、営業所に戻ったのは午前5時を大きく回っていた。
同じ時間帯に走っている同僚たちは各々喫煙所でしゃべったり、トラックの中で
仮眠を取ったり、休憩室のテレビを囲んで軽い食事をしたりしている。
終業点呼を受けるため、耕作は事務室の中央の点呼場に立っていた。

「お疲れ様でした、東野さん」
運行管理の瀬戸は、耕作を待っていてまだ休憩に入れずにいた。
「すみませんでした」
耕作は俯き小さな声で修正納品の件を詫びた。
「えっと、店舗を出発する前に、降ろし忘れや降ろし間違いがないか
 充分確認してから、次の店舗へ向かうように気をつけてください」
「はい、気をつけます」
「東野さんは、今日は1走のみで上がりになってます、
 ほかに連絡等はないですか?」
「特にありません」
「じゃあ、上がってください、お疲れ様でした」
「お疲れ様です」


「なんで、いつもこうなんだ」
更衣室の長椅子にどさりと座りながら耕作は言った。
動くのが面倒になった耕作は、そのまましばらく座っていた。


がちゃりと更衣室のドアが開き、2走3走勤務の後輩榎木が入ってきた。
「あれ?耕作さん、早いっすね?あ、1走ですか?」
「ああ、今日は1走だけで上がりだよ」
「2走、走らないんですか?いいなぁ〜、早く帰れて」
「まぁな、でもそうでもねぇな。今日は」
着替え始めた榎木を見て、耕作も重い腰を上げた。
「この時期になると、どうも家の雰囲気が悪くて嫌なんだよな」
耕作は制服のズボンをだらしなく脱ぎながら言った。
「そうなんすか?クリスマスとか家でやらないんですか?」
榎木はすでに着替えを済ませ、ロッカーに寄りかかりながら耕作を見ていた。

耕作はネルシャツのボタンを一通りしめて、
「今日は、うちの家族にとっては厄日なんだよ」
と革ジャンパーを脇に抱えながら言った。
「厄日?」
榎木は聞きなれない単語に不思議そうな顔をした。

「現に、降ろし忘れなんてやっちまったしな」
耕作はロッカーに鍵をかけながら言った。
「え?耕作さんがミスるなんて珍しいっすね」
普段ほとんどミスのない耕作を知っている榎木は驚いた。

「だから、厄日なんだよ。今日は」
二人は更衣室を出て廊下を並んで歩いていた。
榎木は今日の勤務のことを、耕作は20年前のことを考えていた。

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