小説『花鳥風月 かまいたち[完結]』
作者:桃井みりお(999kHz Lollipop Records Radio Blog)

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 一人で帰宅した耕作に、母親がうれしそうに言った。
「あら? 翔と一緒じゃなかったの? 今ね、お父さんから電話でね、
 あのゲームソフト買ったからって。今夜は早く帰れそうだから待ってろって」
耕作はまさか、と思った。あの紳士は一体何者なのか、と思った。
「なんで……」としか、言葉が出なかった。


 しかし、その日はゲームソフトどころではなくなった。
翔がいつまでたっても帰ってこず、8時ごろ帰宅した父親の判断で警察へ連絡した。
誘拐、拉致、家出、事故、あらゆる線で捜査が続けられたが全く成果は無かった。
父親は会社を希望退職し、その退職金を捜索のための資金にした。
それから生活は一変した。家庭の中で一番賑やかな翔が居なくなって、
大切な家族が居なくなって、それまで通りの毎日が続くはずなど無かった。


 耕作は翔が居なくなったことに、あの紳士が係わっているんじゃないかと思っていた。
翔が一体何をお願いしたら、それが叶った結果、こういうことになるのだろうかと思っていた。
耕作がはじめに思ったのは、翔の願いがどこか遠くに行きたい、というものだったのでは
ないだろうか、というものだ。そして、次に思ったのは、翔の願いが生まれ変わりたい、
というものだったのではないだろうか、というものだ。そのほかにも幾つか考えは浮かんだ。
 しかし、どれにしても違和感があった。その違和感がなんなのかは、当時の耕作には
わからなかった。


 数年経っても、家庭内の雰囲気はまったく良くはならなかった。
10歳前後の子供のことがテレビから流れたときなど、言い表せない空気が漂った。
父親は口に出さないまでも、耕作のすることには、
「翔だったら、もっと出来たはずなのに」という態度を示した。
母親は翔の部屋をたびたび掃除したり、布団を干したりしている。
「いつ帰って来てもいいように」と、今でも毎食翔の分を用意している。

 耕作は翔の願いが、両親の愛を独り占めすることだったのだろうかと思ったこともあった。


 31歳の耕作には、たとえ近所だといっても、公園はあまり縁のある場所じゃなくなっていた。
あの花壇は、あのベンチは、今もあるのかと急に気になって車を降りた。


 あの日と同じように、風が木々を揺らしていた。

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