小説『レポートブック』
作者:鏡アキラ()

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【関口ルネに関するレポート2 サクラン】



『上質を知るひとの「RiVER」
 新作フレグランス
 男の艶ひきたつ「SAKURA=homme」 Now on sale』



僕は桜が怖い。
といっても高所恐怖症などとは違って
誰もいない学校が怖いのに近い、なんというか、オバケが出そうな怖さ。
特に夜桜なんかかなり怖い。
バイト帰りに暗い夜道を歩いていて
街灯の下を通った時ふと足元をみると
一面花びらだったりしてビクッとする。
慌てて見上げると、頭上を覆うぼんやり白いもやにゾッとする。
桜の下には死体が埋まっている、と誰かが言っていたのにもうなずける。

桜の木には狂気を感じる。
それも強い強い固執。たとえば、嫉妬。
もちろん植物に狂気も正気もないので
「狂気的な人間の影を感じる」と言うのが正しいだろうか。


はらはらと簡単に散ってしまうところ、
しかしその花びらをびっしりと足元に積もらせるところ、
薄い薄い紅色なところ。
すべて、狂って鬼になった者、みたいなものを想像してしまう。

僕が幼いころよく預けられていた祖父母宅近くには
小さな神社があり、その境内には大きな桜があった。
「悪い子は神社に捨てるよ」とよく言われていたので、
桜が怖いのはそのせいもあるかもしれない。


僕はあんまり恋愛をしないほうで、嫉妬というものにも縁が薄い。
修羅場は他人のものに巻き込まれたことがあるだけだ。
だからわからない。そして怖い。
誰にも触れさせないとか、どこにも行かせないという気持ちが。


僕の父親は嫉妬深い男だった。
母さんの外出を嫌がり、また母さんが何かに気を向けるのを許さなかった。
ドラマの俳優にはしゃぐだけでビリビリと静電気を帯びる。
母さんが一度あやまちを犯したとき、母さんを殴って鼻骨を骨折させた。
夜中、暴力に近い乱暴さで夫婦のことを強要する声や物音は日常茶飯事だ。


「ふざけんなよ!
 おい、なあ、わかんだろ?愛してんだよォ!
 俺が一番なんだよ!なぁ!」


僕は父が怖くて怖くて仕方ない。
母さんのあやまちについて気にする余裕はなかった。
いつかあの男は母さんを殺してしまうのではないか。
そして母さんは、人間と人形を上手に行き来する
いびつなひとになってしまった。


大学に入って、僕は初めて恋らしい恋をした。
明るく活発でいてミステリアスなひと。
親の修羅場のおかげで男女の愛に疲れていた僕にとって
性別や恋愛を気にせず
まず単に仲良くなろうとしてくれる結城ヒカルは癒しだった。
なんて自由。なんて軽やかで楽しい。
拘束力もルールもない『友達』だからこそ、
何かしてあげたくなる、次への期待が膨らむ。

そして膨らんだ気持ちは――
直接は関係ない場所にすこし厄介なものを実らせた。


結城が好きだと素直に思えた瞬間から、
恋をしている人のことがかなり身近にわかるようになった。
冴え渡ったカンはある先輩の前で鐘を鳴らした。
そうか、この人も結城を好きなのだな。
そこまではよかったのだが。
先輩は僕に強い強い嫉妬の目を向けた。

小さくうずくまって、口を押さえて泣きじゃくる先輩。
うめき以外に言葉らしい言葉は漏れてこなかったが、
不思議なことに、そして残念なことに、
僕は先輩が考えていることがわかってしまった。

あの子に触れないで。
あの子は天使なの、妖精なの。汚さないで。
私も触らないから、ルネも触らないで。
涙をためた瞳は「お前を殺してやりたい」と叫んでいた。


僕はゾッとした。
なんだ、この嫉妬のかたちは。
目の色が違う。暴走した狂信。
僕はつい乱雑に視線を振り払った。

すでに結城とそれなりの仲で
結城本人が合意なのに他人に口を挟まれるいわれはない、
そう怒鳴りつけた。頭の中で。
僕の思いも声にはしなかったが先輩には伝わったようだった。

先輩が本当にそう思っていたのか、
僕の考えは本当に伝わったのか、確かめてはいない。
しかし伝わったと信じるに足るだけ僕と先輩の間はスムーズだった。
先輩は黙って去っていった。

後味は最悪。
親しかった先輩のおぞましい一面を見てしまったショックも
自分が嫉妬され殺意を向けられる恐怖も。

それも結城が癒してくれたわけで、
やっぱり僕は「勝った」ことになるのだろうから、
ガタガタ言わないでおくべきだけれど。



僕は嫉妬深い人が怖い。
それを連想させるから桜も怖い。


そして、いま、僕は


「ん、結城……。なんか、いい匂い」
「そう?なんの匂い?」
「……桜、みたいな。」


恋人からただよう他人の影に
嫉妬で血が沸き立つむずがゆさを
楽しんでいる自分の狂気がおそろしい。


                 _■fin

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