第一章 白井兄妹
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白井黒子は焦っていた。
それは風紀委員としての活動ではなく、家族である兄に対してである。
自身の中学入学、兄の高校入学から3ヶ月近く顔を合わせていない。
コレまでの人生で兄と顔を合わせていない期間としては最長期間である。
風紀委員で忙しいと言って合わなかった。
実際は違うのだ。
姉と慕う人物で忙しい。
しかし、兄には紹介もしていないし、これからも紹介するべきではない。
兄は私の事をかなり好いていると思う。
それは女性としてなのか、妹としてなのかは不明だが、兄が可愛い女の子好きなのは確実である。
それに、自分自身が崇拝していると言っても過言でもない相手がおり、それを兄が見逃すわけもないのだ。
最悪、私とお姉様のどちらが好き? と聞いてやろうか。
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強者に目がないお姉様が私の兄に突っかかるに違いない。
レベル4とレベル5。
差はある。
しかし、自分の失態だ。
『黒子は兄妹とかいるの? 私、一人っ子でさー』
『一人、不肖の兄がいますわ』
それに対して、
『へぇー、お兄ちゃんかー。いいなぁ。で?』
『で?』
実力は、
『不肖のと申しましたが、性格的な問題ですの。強さでいったら、私なんぞ足元にも及びませんわね』
ついつい、口を滑らせてしまった。
『黒子、風紀委員なのに? お兄さんって風紀委員なの?』
『いえ、ただの高校生ですの。でも、そうですね。体術、護身術などの多くの事を教えて下さいました。もちろん、私に傷がつかないように手加減ありでしたけど。それでも私の全力をぶつけても歯が立たない憎たらしい相手ですわ』
誇らしいと思わないが、兄の事では舌が回る。
『レベルで追いついたのにお兄様には勝てませんですの。まあ、こちらの手札を知っているという面もありますけど、まだ一度も勝った事がありませんわね』
『ふーん。お兄さん強いんだぁー。いいなぁ。そういうの』
憧れ、ですか。
でも、目の上のたんこぶ。というか、幾ら努力して、血反吐を吐くような訓練をしても勝てない相手というのは腹ただしいものですのよ?
そういった話をお姉様にしたのが失態だった。
写真を見せろだの。一度合わせてだの。
ぶっちゃけ戦ってみたいとかやめて欲しい。
白井黒子の思いとは裏腹に出会って欲しくない両名の邂逅は無常にも必須であった。
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暴漢達に囲まれていた少女。
その制服は常盤台中学の物である。
通りゆく人々は横目に、それでも良識のある人物は風紀委員に連絡した。
だが、風紀委員が到着する間もなく少女は救われる。
少女を囲んでいた暴漢達は現れた邪魔者に文句を垂れながら人気のない裏路地に移動したのだ。
少女はその面影に一瞬目を奪われた。
自分の知っている人に似ている。
次の瞬間には自分を囲んでいた暴漢達が倒れていた。
似ている人物を思い出そうと気を逸した一瞬の出来事である。
「は?」
「風紀委員ですの! ってお姉様! そいつから離れて下さいですの!」
御坂美琴の視線の先。
倒れる暴漢達の中心にいる人物とその先の奥にいる白井黒子の顔を見比べて理解した。
似ている兄妹だ。
間違うことのない顔の作りをしている。家族だなぁ。
それにしても黒子ったら兄をそいつ呼ばわりとは。
「……。通報にあった路地裏に連れていかれた女性というのは誤報でしたのね」
「黒ちゃん! 超久しぶり! 元気してたよね?! む? 身長は数センチ伸びたね!」
黒子。お兄さんに黒ちゃんって呼ばれているんだ。
「お、お姉様、これは……って。のわぁあ」
消えた。お兄さんの方が。
いや、移動だ。
黒子に抱きついていたのだ。
後ろから抱きかかえるようにスキンシップしていた。
空間移動能力者? 兄妹揃って同じ能力?
その認識を変えるものがある。
彼が居た足元。
コンクリートの地面に靴跡が刻まれていたのだ。
パラリと路地裏を作っている壁から破片が落ちた。
視線を合わせるとソコにも靴跡があった。
つまりは、壁を使った高速の立体移動だ。
靴跡を追うと彼の居た足場、壁の側面、黒子の真後ろの壁に刻まれていて、それが移動の経路であると予測できた。
「あぁ、黒ちゃん、黒ちゃん。可愛いねよー。よしよし」
「ち、ちょっと! お兄様! いい加減に、しろ!」
あ、切れた。
兄の姿が消えて、地面に叩きつけられる。
はずであったが、リバウンドだ。
ボールが地面に跳ねるようにお兄さんは跳ねた。
その上で、
「なんと破廉恥な下着!」
「こぉんのぉおお!」
妹のパンツを叱咤する兄がいた。それを叱咤する妹もいた。
なんか新鮮な黒子の反応を見ているなぁ。
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「いつも妹がお世話になっています。御坂美琴さん」
「いえ、そんな事は……」
ファミレスだ。
黒子の仕事の処理が終わり、手近なファミレスで紹介された。
白井黒子の兄、白井紅太。
レベル4の身体操作である。
肉体強化から容姿まで変えられるという能力であり、その力の片鱗は先程見た。
高校1年生で、レベル1から努力でレベル4にまでレベルアップしたらしい。
自身と同じであり、親近感が湧く。
さっきみた光景が嘘のような礼儀正しい好青年。
それが御坂美琴が感じた印象である。
席は白井兄妹が正面におりその正面に私がいる。
顔を並べると本当に似ている。
高校の制服を来ていなければ姉妹と間違えそうだと思うのは失礼だろうか。
「ところで、あの時どうやったんですか?」
それは私を囲んだ暴漢達の始末の仕方。
「ん? ああ、あれね。顎先をちょっとね。こう、当てて、脳震盪」
黒子の顎の先を兄である紅太さんの拳の先がゆっくりと少し掠める。
あの一瞬で、5人を相手にそれをしたと言う。
「お兄様の最高スピードは肉眼では認識不可能なレベルですの。録画されたテープをコマ送りにしても腕が消えて見える程のスピード。相変わらず、でたらめですの。それが、身体操作の一端というのですから反則ですわ」
「へぇ」
感心。
黒子が男を褒めるなど初めて見た。
認めているのだろう。兄の事を。
いいなぁ。私も兄妹欲しかったなぁ。
「あ、きたきた」
それはパフェであり、ケーキであり、とにかく甘いものであった。
三人前はある。
それが全て紅太さんの注文したものであった。
「全く、お兄様の甘いもの好きも相変わらずですの」
「いやさー。能力的にカロリー消費がね」
それは、
「羨ましい。身体操作って考えてみたら女の敵ね。太らないし、思い通りの体型になれるし、顔も思い通りって何よ! その羨ましい能力!」
素の自分が出てしまう、女性の羨む能力であった。
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羨むものは嫉妬。
欲するものは理想。
配点:(女の敵)
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マンガとアニメを都合のいい様に話の軸に。