第二章 身体操作の兄
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レベル測定。
常盤台中学はお嬢様学校である。
在学条件の一つにレベル3以上である事が含まれているとんでもない学校だ。
白井黒子は自分のレベルが変わらずレベル4であることに少なからず落胆した。
精度は上がっている。記録も伸びている。
それでも到底敵わない兄。
そぐわない。兄がレベル4であることだ。
風紀委員に入り幾つかの事件を解決した。
相手の実力や能力の解析は出来る。
ならばこそ、兄の実力がおかしい。
同じレベル4でも相性や実力があり個々で変化する。
本当の実力を隠している可能性。
ないとは言い切れない。兄の手札は多い。
まだまだ隠している手札があるのは分かっている。
己が知る兄の能力は、その身体が消える程の高速移動術と容姿を変える変態性、それに軟体生物並の柔軟性。
腕。30メートルは伸ばせるのを見たことがある。
容姿を変える。最後に見たのは小5。
一緒にお風呂に入るのが恥ずかしくなり、それを言ったら身体が女の子になっていた。
それでも中身を知っているのでその後の一緒にお風呂は断るようになった。
高速移動の数値は秒速83.3メートルらしい。時速300キロである。新幹線かとツッコんだ覚えがある。
高速移動は当時の数値で、今はどうなっているかわからない。
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初春飾利と佐天涙子がいる。
約束があった。
レベル5に会う。
常盤台中学のエース、御坂美琴に会える。
白井黒子の紹介だった。
だが、道中に遭遇した。
「あれ? 紅太さん?」
「お、初春か、久しぶりだな。元気そうだな。そっちの娘は初めましてだね。白井紅太だ。よろしく」
白井黒子の兄である白井紅太と初春飾利は知り合いである。
風紀委員に入る前に知り合い、友人となった白井黒子。
その白井黒子に似ている兄が現れたのはいつだったか忘れてしまった。
何故なら気付けば白井黒子のそばに居たからだ。
レベル4。しかし、白井黒子が敵わないという。
学園都市のデータベース上でもレベル4。
一般人だ。だが、初春飾利は彼に風紀委員に入って欲しかった。
それは今も変わりはない。
「あ、初春のクラスメイトの佐天涙子です」
「はい、よろしく。佐天さん」
別に呼び捨てでいいですよー、と佐天涙子が言っているのを見る。
思い出す。私の時も初めはさん付けだったなぁ。
「所で、君。本当に初春と同い年?」
それは私と佐天さんを見比べて紅太さんが問うた。
あー、そうですよーだ。色々と佐天さんは発育がいいですからね。
「えっと、そうです。初春とはどういった関係ですか? 白井ってもしかして……」
「そう、初春の友人の兄。白井黒子の兄だ。これから黒ちゃんの所に行くけど、そっちもそう?」
「そうですよ。もしかしてついに紅太さんも風紀委員入りを決意されたんですね」
兄妹揃えば心強い。
だが、
「まーた初春は言ってるな」
「兄妹揃ってレベル4なんですから、兄妹揃って風紀委員でもおかしくないですよ!」
断られるのは分かっている。
「へー、お兄さんレベル4なんですかー。すごいなぁ。私なんてレベル0ですよ」
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佐天涙子は好感を持った。
レベルが高い能力者は総じてレベルの低い相手を小馬鹿にする節がある。
だが、眼の前の相手はそうではなかった。
「そうか。頑張ってレベルアップしようね。俺は初めレベル1だったから努力次第では上、目指せるよ」
道中、講義を受ける事になった。
「自分だけの現実という基板がある。その上で自己を確立する事が大事だよ。それはね、自分を信じる力。初めからレベル0だからと言って諦めずに究極な自己中で、自分こそ最高、最強って暗示でもいい」
「それが、レベルアップの秘訣ですか……」
紅太さんの場合は、そうなるらしい。
だが、結果としてレベル4だ。
学校で教わるよりも現実的でわかりやすいと思う。
「いきなり50キロ走れって言われても無理だよね。ならまずは500メートルから走りだして、次は1キロ、その次は10キロって感じで段階的に訓練すれば……」
地道な訓練と鍛錬。
それがレベルアップに必要な事である。
湧き上がる感情。それは、尊敬だ。
親しみのある人だ。
その妹さんに興味が湧く。
だが、見た。
ファミレスで女の子同士が重なりあっている所を。
その二人が、白井黒子と御坂美琴であった。
御坂美琴さんも白井紅太さんも同じく良い人である。
価値観の変わる日だ。
お嬢様と思っていた相手はゲーセン行こうと言だし。
尊敬できる人の妹はアレだった。
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人集り。クレープ屋は流行っていた。
最後のゲコ太ストラップを貰ったのは白井紅太であった。
女の子相手におごるというのは男の使命らしい。
振り向けば膝から崩れて犬のような格好で落ち込んでいる御坂美琴がいた。
いい形の尻だ。
「ストラップ、いる?」
「え?」
子供らしい趣味を持っていた。わかっていたがまるでゲコ太中毒だな。
「ありがとうございます」
三人のお礼と、
「ま、お兄様ですから、妹に貢ぐのは当たり前ですの」
一人の感謝であった。
それぞれのクレープは口を付けられていた。
「黒ちゃんのちょっと一口頂戴」
了解を得ずに食べる。
「ちょっとお兄様。つまみ食いですわよ」
慣れた反応。その代わりに俺のも一口食われた。
「初春のはどんな味かな〜」
「え? あ、ちょっと」
初々しい反応。その代わりに俺のを差し出す。
「い、頂きます!」
一口食べられた。
「涙子のは〜、どんな味かなぁ」
「あ、どうぞー」
微妙な反応。それでも、顔が赤かった。
その代わりに俺のを差し出す。
「あ、こっちも美味しいですね」
一口食べられた。
「美琴のはーっと」
「あ、ちょ、ちょっと待ったー!」
過敏な反応。だが、食う。
「はい」
差し出す。
「う、ううぅ」
唸りながらも食べた。顔が真っ赤である。
可愛い。黒子も同じ様に差し出したり美琴のを食べようとしていたが、防がれていた。
全員呼び捨てで良いらしい。そりゃ、年上だからな。
そろそろか。
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異変に気付いたのは初春飾利だ。
それは昼の銀行のシャッターが閉じているというだけの異変である。
「アレ? あそこの銀行、昼間から何で防犯シャッター閉まってるんだろう?」
それを聞いた全員の視線が集まった瞬間。
轟音。
爆破音が響いた。
素早く反応したのは風紀委員の白井黒子と初春飾利であった。
「初春! 警備員への連絡と怪我人の有無を確認。急いでくださいな」
「は、はい!」
「黒子!」
御坂美琴が叫ぶが、
「お姉様と、お兄様は待機! 学園都市の治安維持は私達、風紀委員のお仕事! 御行儀よくお待ちくださいな」
俺まで釘を刺された。
「黒ちゃん。行っておいで。危なくなったら――」
「それには及びませんわ」
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三人の視線の向こう。白井黒子と銀行強盗がいる。
初春飾利は一般人の対処をしている。
取り残されて、待機を下された二人と無力な一人。
「腕を上げたなぁ」
一人の銀行強盗は宙返りをして投げられ背中から地面に強打された。
「すごい」
「さすが、黒子ね」
佐天涙子と御坂美琴の感想である。
発火能力者か。あの程度なら楽勝だ。
心配事はあったが、杞憂だったか。
「男の子が一人足りないんです!」
それは初春飾利の相手の叫び声である。
忘れ物を取りにバスへ向かった少年がいない。
「初春飾利はココを頼む。涙子と美琴と俺でその子を探すぞ」
「はい」
「わかったわ、手分けして探しましょう」
美琴は一人。涙子は俺とペアで探す。
手短に、三人で分散して探したほうがよかったが、涙子は身を守る術がない。
という理由でペアになったのだ。
変化はあった。
それは犯人の一人が人質を取れずに一人で俺達に向かって車で轢き殺そうとしてきた事だ。
人質になるはずの少年はいち早く俺と涙子が確保した。
その隙に犯人の一人は車に向い、何を思ったかこちらに猛スピードで向かってきたのだ。
殺意のある車に涙子が動けず、また、守るように抱きしめた少年も動けなかった。
目の端で御坂美琴がレールガンを撃つ構えを見せたが、その射線上に俺達がいた事で撃てずにいた。
ならば、俺が前にでる。
「こ、紅太さん!」
誰かの悲鳴に近い叫び声があった。
激突する。誰もがそう思った。
だが、直前に、男の右手が振り上がり、
「身体操作、私の最強のお兄様ですの」
轟音。
そして、振り下ろされた右腕は車のフロント部分を大破させた。
スピードの勢いで車体の後ろ側が持ち上がり、男の頭上を超えて回転する。
車体の背の部分から地面に落ち停止する。
その先に立つ男は無傷であった。
「ま、こんなもんだ」
佐天涙子の顔には驚愕の表情があり、それは取り巻きの見物人達も同じであった。
「す、すごい……」
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子供を守った佐天涙子はお礼をもらっていた。
気恥ずかしいものだ。
それでも、嬉しいと思う。
レベル5の御坂美琴にも格好よかったと言われたし、白井紅太にもお礼と賛辞を貰った。
『身を呈して誰かを守るって事はなかなかできないことだよ。その事は能力の有無じゃなくて、人間として強いって思うよ。俺は』
正直、かなり嬉しかった。
御坂さんは見せ場を取られたと悔しがっていたが、それでもその目は獲物を見つけたような目だった。
黒子さんは怒っていた。
その相手は兄であって、そのやり取りは羨ましいものであった。
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憧れと尊敬
その先に生まれるモノは何か
配点:(恋心)
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