第二十章 神裂火織と兄
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「完全記憶能力、という言葉に聞き覚えがありますか?」
神裂火織の問だ。
白井紅太は答える。
「10万3000冊の正体だな。インデックスがそんな天才には見えんがそうなんだろう」
白井紅太は神裂火織の弱々しい声と痛々しい姿に相手がそのへんにいる女の子に見えた。
脳内に記憶チップでも詰め込んで記憶させているわけじゃなくて天然の完全記憶能力者だとインデックスは言った。
記憶チップだったらどれだけ楽にインデックスが助かったことやら。
「あなたには彼女がどんな風に見えますか?」
「強くて可愛らしい女の子だ。まあ、俺の妹には劣るが……」
睨まれたが事実だ。
ソコは曲げてはいけない俺のジャスティス!
「……」
ジッとその瞳が俺を見定めるように睨んでいるが、
「ま、話を続けろよ」
続きを催促する。
「彼女は魔術師達を相手に異能に頼ることもなく、魔術にすがる事もなくただ自分の手と足だけで逃げる事ができると思いますか?」
さらにと前置きをして、
「彼女は紛れも無く天才です。一年間も私達の追撃から逃れ続ける事ができています。でも、『必要悪の教会』という『組織』そのものを敵に回せばどうなるか貴方ならわかるでしょう」
神裂火織の独白のような言葉は続き、
「扱い方を間違えれば天災となるレベルの彼女を教会が彼女をまともに扱わない理由です。怖いんですよ、誰もが」
強力過ぎる力が怖いと。
「彼女の脳の85%以上は、インデックスの10万3000冊に埋め尽くされてしまっているんですよ。……残る15%を辛うじて動かして生きてます」
「『必要悪の教会』ってのはインデックスの所属している教会で神裂も同じで同僚なんだよな? それが、どうして同僚のインデックスに悪い魔術師だ、と言われる?」
神裂は一瞬だけためらって、答えた。
「何も、覚えてないんです」
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「私達が同じ『必要悪の教会』の人間だという事も、自分が追われている本当の理由も、覚えてないから、自分の中の知識から判断するしかなくなった。禁書目録を追う魔術師は、10万3000冊を狙う魔術結社の人間だと思うのが妥当だと考えてしまう!」
神裂火織は悲痛に叫ぶ。
対して白井紅太はコレといった反応も見せなかった。
「つーことは、インデックスの記憶をお前達が消したのか」
神裂火織はズキリと心に痛みが走る。
肉体的な痛みは耐えれるが、この心の痛みはやはりきついものがある。
彼の表情からは何も読み取れない。
私はどんな顔をしているだろうか。
「そうしなければ、インデックスが死んでしまうから」
吐く。真実を。
しかし、目の前の人物は、
「何故死ぬのか簡潔に述べよ」
冷徹だった。
「完全記憶能力による記憶過多で脳の許容を超えて……」
「脳がパンクしてパーンって爆発して死ぬ?」
「はい……記憶の消去はきっかり一年周期で行います。あと、3日が限界です。ちょうど3日後のその時でなければ記憶を消す事ができないんです。あの子の方も、予兆となる強烈な頭痛が現れるはずです」
伏せた視線を上げて彼を見ると、笑っていた。
「何がおかしいのです!」
「ははは、そりゃ、笑うさ。だって、"インデックスの問題は解決した"ようなもんだからな」
聞く耳を疑う。
そして、
「立ち話も何だからそこいらのファミレスで飯でも食わね?」
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神裂火織は戸惑っていた。
ファミレスという食事を提供する所は知識としては知っていたが入店するのは初めてだった。
「そんなに、食べるものなのですか?」
ゆうに三人前の食事にデザート類が三品。
一方私は一品。
「頭使うと腹がへるんだよ」
あっという間に消費されていく。
男性とはこんなにも大食いなのだろうか。
いや、白井紅太が特別なのだ。
「つーか、神裂はそんな身体で少食だな」
「身体の大きさは関係ないでしょ?!」
私が一人前食べ終わる間に三人前を食べ終わる白井紅太もどうかしていると思う。
「いや、まさか本当にファミレスで飯食うのに付き合ってくれるとはね」
「貴方が誘ったのでしょうが!」
それに、肝心の要件を聞いていない。
「彼女を助ける方法とは?」
「それを俺の口から言って神裂は信じるのか?」
藁にもすがる思いで誘いに乗った。
これが罠であるならば、
「まあ、そんな怖い顔するなよ。それにこっちにもそれなりの都合がある」
睨む。彼女が救われるのなら私は――。
「言ったろ、頭を使うと腹が減る。魔術で言えばそれが俺の代償なんだよ」
彼の話を信じるか信じないかは話しの内容を聞いて判断する。
その上で無駄であったならば、斬る。
「一つ、神裂の聞かされたインデックスの完全記憶能力は間違っている」
「え?」
驚く私を置いて、
「一つ、神裂達の所属する『必要悪の教会』はインデックスに一年周期で記憶をリセットしなければいけない何らかの仕掛けを施している」
「な!」
さらに、
「一つ、完全記憶能力があろうと人間の脳は元々140年分の記憶が可能である」
それは、
「一つ、記憶をどれだけ溜めようと、脳が圧迫される事は脳医学上絶対にありえない」
告げられた。
「以上のことから『必要悪の教会』は都合の良い様に下っ端である神裂達に真実を隠したまま、指令を出していると考えられる。つまり、神裂達は謀られていたんだよ」
ついでと言わんばかりに彼は言う。
「教会は元々何も問題なかったインデックスの頭に何か細工をしたと考えられる。そうすれば、インデックスの事を想う知り合いは教会の技術に頼るしか無くなる。そうやって、人の優しさと思いやりを使った悪魔のシステムだ」
最後に、
「多分、インデックスが魔術を使えないってのも嘘だろうな」
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真実と後悔。
後悔と懺悔。
配点:(神裂火織)
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