小説『IS〜インフィニットストラトス―ディケイドの力を宿す者 ―』
作者:黒猫(にじファン)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

暗い部屋


明かりは窓から差し込む日差しと小さな電気だけ


そんな部屋の中央に俺―――神谷 士は座っていた


制服にはしわはない


いつもは適当に着崩しているものもちゃんと着て、髪もワックスで固めている


表情もいつもとは違い緊張で固まっていた


部屋の中は静かだった


聞こえるのは息を吐く声と、鳥の囀りだけ


そんな均衡を破ったのは部屋の正面にあるモニターの眼前に座っている男


IS総合管理連合


そのトップ……ジョン・ウィリアムス


50半ばにしては若い顔立ちで顎には立派な髭を蓄えている


体つきはがっちりしており、かなりの筋肉質だ


スーツを着こなしており、表情は固い


見られているだけなのに、喉元にナイフを押し付けられている感覚


それにしても……


俺は、そんな重圧すら忘れるくらいに戸惑っていた


今このおっさん、なんて言った?


「す、すいません……」


声が震える


ちゃんと話せただろうか?


ちゃんと聞こえただろうか?


話しただけで不安になる


「……何だね?」


おっさん……ジョンは重々しい声を出した


空気が必要以上に震えている気がする


「もう一度、言って……いただけませんか?」


それにも負けまいと声を振り絞った


「ふむ……急なことで君も驚いたろう……なら、もう一度言う。このIS学園を辞めてもらう」


簡単なことのように……


まるで、学生に勉強するように足す親のようだった


「なぜ、ですか?」


そろそろ緊張も解けてきた


今、言われてることに納得できなくて緊張もいくらか飛んでいった


ジョンは「ふむ……」と指を組んで手元で顔の半分を隠す


「君は、この学園に置いておく人材では無いと判断したからだ」


「……どういう、意味ですか?」


「君をIS犯罪対策部隊に配属する」


ジョンは言い放った


それは、俺の心を大きく揺さぶる要因になる


「納得できません。どうして一環の学生である僕がそんなことに……」


「これは、我々……いや、世界各国の決定だ。反論、意見は認めん!」


ジョンは相も変わらず、重々しく言い放つ


「君のISは珍しい。それに実力もかなり評価できる……我々としても君にとっても、これがいい……今日にでも出発してもらおう。住まいは用意している」


「勝手に決めないでください!」


思わず立ち上がってしまった


「落ち着け、神谷」


少し、離れたところに座っていた千冬姉が静かに諭した


「でも……」




「くどい!!!」


そのとき、爆音のような怒声が響いた


思わず、肩がビクッと震える


「いい加減にしろ!これは、お前一人がどうこうの事ではないのだ!……断れば、貴様の仲間、家族だって無事ではいられんかもしれんのだぞ!それだけ、国間での決定は重いのだ!!」


机を強く叩きつけ、立ち上がった


「俺は、そういう「でも」だとか言う男が一番気に食わん!!それでも、ブリュンヒルデの弟か!」


「っ!」


こいつ……


千冬姉が……あの、千冬姉が悔しそうに唇を震わせていた


「たわけが!あまり大きな声を出させるな……!」


「……分かり、ました」


思わず、頷いてしまった


千冬姉も何も言わなかった


「織斑千冬……後は、任せたぞ。失礼する」


そうして、ジョンは出て行き部屋には俺と千冬姉だけが残された


「すまない……士」


千冬姉が不意に頭を下げた


「千冬姉は悪くないよ………でも、そうか……退学か」


「っ!」


顔を上げる千冬姉


「士……この事はさ、皆に言わないでくれよ……静かに去っていくことにするわ」


「あ、ああ……」


「千冬姉……今まで、ありがとな。ちょいちょい家には帰るようにはする」


「つ、士……すまん」


そう謝る千冬姉は泣いていた


「千冬姉……」


そんな彼女を俺は抱きしめる


強く、強く……


「出発は、今からだろ?」


頭を撫でた……案外、キレイな髪してんな……


「最後か……案外、さっぱりしてるもんなんだな」


体を離して、俺は笑う


「じゃあな……」


部屋を出た









「あら、おかえり」


自室では夏海が雑誌を読んでいた


「ああ」


短く答えた俺は荷造りを始める


大きな、キャリーバッグ二つを引っ張り出し、荷物を適当に詰める


いや、突っ込む


「ちょ、ちょっと!士っ!?何してるの!」


夏海が俺の腕を掴んだ


「離せ……!」


驚くくらい低いその声は……


自分から放たれていた


「士……っ!」


「これからも、頑張れよ」


全ての荷物を無理矢理詰めた俺は立ち上がる


「待って、待って……!」


夏海が背中から腕を回した


ぎゅっと……ぎゅっと


「士、やめないわよね……やめないで!」


夏海の声が部屋に響いた


「ごめんな……約束、したのに」


「そんな……」


夏海が涙を流して崩れ落ちた


俺は、しゃがみ込み肩に手を置く


「でもこれだけは忘れないでくれ……


たとえ、どんなことがあっても絆を忘れるな


たとえ、どんなことがあっても大切なものを守り通すことを忘れるな


たとえ、どんなことがあっても友情を忘れるな


たとえ、どんなことがあっても希望を忘れるな


……じゃあな」


そうして、部屋を出た













寮の廊下


階段の少し前で……


箒が、仁王立ちしていた


「ここは、通さんぞ……」


両手をいっぱいに広げた


「海東から聞いた……やめるな!士!」


箒が涙を散らす


そんな彼女を正面から抱きしめた


「通してくれ……」


「……ううぅ……ど、……どうしても……行くのか?」


涙で声にならない彼女に俺は呟く


「ああ……でもな、これだけは忘れるな……たとえ、どんなことがあっても絆を忘れるな


たとえ、どんなことがあっても大切なものを守り通すことを忘れるな


たとえ、どんなことがあっても友情を忘れるな


たとえ、どんなことがあっても希望を忘れるな」


「士……」


「それだけ」


最後に笑って俺は彼女の脇を通った









「士さん……」


廊下に佇む一つの影


セシリアだ


「海東さんから聞きましたわ……やめないでください」


はっきりした強い声だった


「……ごめんな」


目も合わせられない


「わたくし、約束しました……士さんが許してくれる限り、一緒にいると……」


「セシリア……」


「もっと……もっとぉ……!一緒に、いたいです!」


涙が止まらない彼女


俺は、ぎゅっと抱きしめた


優しく


「ありがとな……セシリア」


そうして、俺はあの『約束』を言い放つ


「士さん……」


「忘れないでくれ……また、会えるさ」


セシリアのすすり泣く声が心にしみる














「待ちなさいよ」


寮の前で鈴が腕を組んでいた


「鈴……」


「夏海から聞いたわ……私からもなんとかしてみるから、焦らないでもう少し……」


「ごめんな、あんなに圧力かけられると……さ」


その小さな肩に手を置いた


「でも……でもぉ……」


鈴は涙を流しながら、ポツポツと語る


「先生になってぇ……頑張って……士に褒めてもらおって……思ってたのに……!」


「よく頑張ってるよ……お前は……」


「もっと!もっとよ!ばかぁ……!今日だけじゃない!明日も明後日も、一週間後も!一ヵ月後も!」


鈴がポカポカと俺の胸を叩く


その力はあまりに弱く、あまりに強かった


「鈴……ごめんな」












中庭に出た


すると、急に誰かに抱きつかれる


腰には小さな手


「ラウラ……」


「嫌だ……」


即答だった


俺は、なんにも言ってないんだけどな……


「離さないぞ……絶対に……」


涙を啜る声が聞こえる


ふと、正面に目をやるとシャルも俺の胸元を掴んでいた


「シャル……」


「士……行かないでよぉ」


もう、顔は涙でぐちゃぐちゃだ


「ぼ、僕!お饅頭作ったんだよ!食べよ!ね?」


優しい……でも、涙で崩れたその顔は今の俺には辛すぎた


「ごめん……なぁ」


ついに、俺の涙腺も崩れる


「俺だって、いてやりたいよ……でも……なぁ」


腰に抱きついたままのラウラの手を解く


「士ぁ!私の嫁だろう!……亭主としての命令だ!ここに、いてくれ………いて、ください」


ラウラが崩れた


シャルも……


涙を拭いて、キャリーを転がす















「あら、士くん……お出かけ?」


「士……」


校門の前で、楯無さんと簪が並んで立ち塞がるように、腕を組んでいた


「楯無さん……簪」


「通さ、ない……士、ここに……いて」


簪が涙をほろほろとこぼす


とめどなく……


「簪……」


「もっと、お話……したいよぉ……もっと、遊んで、ほしい……よ」


そんな彼女の肩を俺は、そっと抱いた


「ごめんな……」


「士くん……」


楯無さんも涙を必死に堪えていた


「楯無さんも……すいません」


「嫌よ……認めないわ!」


水色の髪が涙と共に揺れた


「行かないで!……嫌よ、離れるなんて……!」


「楯無、さん……」


「もう、嫌がるようなこと……しないからぁ」


そんなことありません……


楽しかったですよ……


「もっと、お姉ちゃんらしく、年上らしく……なるからぁ」


もう、十分……貴方は立派な人ですよ


「制服ちゃんと着ろなんて……もう、言わないから!」


あれだって、照れくさいだけで……本当は……


「もう、抱きつかないからぁ!……しつこく、構わないから!」


楯無さん……


「だから、ここにいてよ!士くん!!」


……すいません


俺はそっと、キャリーを引っ張った




「「「「「「士ッ!!」」」」」」


振り向くと


夏海が、箒が、セシリアが……鈴が、シャルが……ラウラが


並んでいた


「行かないで!……嫌よ!こんな別れ!」


皆……


「行くな!私だって、まだ……お前に……」


これだけは、忘れないでくれ……


「士さん!わたくし……もう、貴方がいないと……」


たとえ、どんなことがあっても絆を忘れるな


「士ぁ……昔みたいに!またっ……」


たとえ、どんなことがあっても大切なものを守り通すことを忘れるな


「僕!僕ねっ!……士に褒めてもらおって、そう思って!」


たとえ、どんなことがあっても友情を忘れるな


「士!お前は私の嫁だぞ!……行くな!行かないでくれ!」


たとえ、どんなことがあっても希望を忘れるな


「士っ!……私は、まだ……」


それさえ、覚えてくれてたら……


「士くん!行かないでぇ!」


また、会えるから……!







「じゃあな皆…………………今まで、ありがとう」


そうして、俺は校門をくぐった

-105-
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える




IS <インフィニット・ストラトス> 第1巻 [Blu-ray]
新品 \4780
中古 \800
(参考価格:\7665)