小説『IS〜インフィニットストラトス―ディケイドの力を宿す者 ―』
作者:黒猫(にじファン)

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寮のロビーのような広間


そこは、生徒達の憩いの場として設けられており、大きなソファやテーブルが何台も設置されている


そんな安らぎの場も今は修羅を現したような……まるで、地獄が現世に出現したような……


ともかくも、ひどい状況へとなれ果ていた


箒、セシリア、鈴、シャル、ラウラ、簪、楯無、夏海……


皆、絶望に打ちひしがれていた


神谷 士……彼女らの最愛の人


そんな彼はもう……いない


「士……」


簪の小さな呟きが聞こえる


「簪ちゃん」


妹の名を呼ぶ楯無も今は、それを労わる余裕など無かった


「お前が……」


ふと、ラウラが漏らす


「お前が悪いんだ!!お前は、教師だろう!何をしていたんだ!」


そう叫びながら、鈴へと掴みかかる


胸倉を掴まれた彼女は抵抗しない


「士は!何のためにお前を教師にしたんだ!また、一緒に過ごすためだろうが!」


「やめろ、ラウラ」


なおも食い下がるラウラの肩に箒がそっと手を乗せた


「何が教師だ!くそ!くそぉ……」


「ラウラ……」


箒が肩に置いていた手をそっと解いた


「くそおおおおおおおおおおおおお!」


寮にラウラの叫び声が響く


「わたくし、約束しましたのに……ずっと、あの方の傍にいるって……」


セシリアが呟いた


「それなのに……わたくしは……」


俯くその目からは涙がこぼれている


「セシリア……泣かないで。それは、僕も同じだよ」


そう諭す、シャルも目にはいっぱいの涙を溜めて、涙声になっている


「くそっ!くそ!」


行き場の無い怒りをぶつけたのは箒


涙で肩が震えていた


「……るさい、わよ」


そんな彼女に悪態をつく夏海


「五月蝿いわよ!」


「……なんだと」


箒も夏海に目を向けた


その表情は憤怒を表していた


「五月蝿いって言ってるのよ……」


「貴様……」


箒が夏海に詰め寄った


「何よ……やる気?負け犬風情が……いいわ、かかってきなさい」


夏海はディエンドライバーを向けていた


「……やめなさい」


そんな二人に割ってはいる一つの影


楯無だ


両手ずつで握られた扇子は精確に二人の喉を捕らえていた


「……すまん。取り乱した」


箒が素直に頭を下げる


「いえ、私こそ……ごめんなさい」


夏海もドライバーを待機状態へ


「そんなこと、言ってたって、士は……帰って来ないん、だよぉ……」


簪が泣き崩れた


「士ぁ……もっと、一緒に……いたかった……よ」


「更識さん」


シャルがそっと簪の肩を抱いた


始終、鈴は何も言えず俯いていた……








箒side-


「士……」


自室で箒は一人、壁を殴る


最愛の幼馴染


幼いときから好きで……一旦、離ればなれになって


でも、忘れられなくて


ここ、IS学園で再会して


また、距離が縮まって……


だから、こんな別れは辛すぎた


「くそ……」


また、自分は何も出来ないのか……


そう思うと涙が止まらなかった


そして、このままでいいのか……


それに対しても、答えは決まっていた







セシリアside-


自分の家具で半分以上が圧迫されているような部屋


ベットも自前のもので世界最高級のものだ


そんなベットも今の彼女には、ただの柔らかい寝るための道具にすぎない


枕はすでに半分以上が涙で濡れており、びしょびしょだ


「士さん……」


彼の笑顔が脳裏をよぎる


男なんて嫌いで、IS学園に入学したときなんて、最悪で


でも、彼の優しさや強さに触れて……それで


また、涙が滲む


こんなとき、彼はどうするだろう……


答えはうっすら見えていた






鈴side-


「お願いします!」


職員室に隣接された小さな教室


その中央で鈴は今日で何回目になるか分からないその言葉を発しながら頭を思いっきり下げる


髪が散る


彼女は気にしなかった……彼の為なら


「鳳……」


頭を下げているその先には千冬が


「どうにか、できませんか?」


この質問も何回しただろうか


「お願いします!私、なんだってしますから!だから……!」


「もういい」


そのとき、ぎゅっと鈴は抱きしめられた


彼の姉


千冬に……


「お前は、頑張った……もう無理するな。鳳……いや、鈴」


その豊満な胸が押し当てられたまま鈴はまた涙を流した


「ううっ……」


彼女には見えなかった……


このとき、千冬が涙を流していたことを……








シャルside-


「これ、食べて……欲しかったな」


彼女が座るテーブルの前にはふっくらと焼けた饅頭が


彼の為に作ったものだ


シャルは一つ取って食べた


「……しょっぱい、なぁ」


中には甘いこしあんがたっぷりと……


しかし、今の彼女では……到底、甘く感じれそうに無い


自分の存在意義であった彼


フランスにも、世界のどこを探したって絶対にいないって、そう言い切れる大切な人


「士ぁ……帰って、来てよぉ……」


涙で肩を震わせながら、彼女は一人……唇を噛み締めた






ラウラside-


中庭……季節ごとに綺麗な花がたくさん並ぶ、そんな場所


風で揺れるは花びらと少女の涙


ラウラだ


小さな体でたくさんの苦労、努力を積み重ねてきた


その過程に、たくさんの傷を負った


彼女自身、その傷がモチベーションになることだってあった


しかし、この心の傷は……とても、モチベーションにできそうにない


「士……」


初めて深く関わった男


初めは憧れの対象の邪魔でしかなかったのに……


いつからだろう……その背中が暖かく見えたのは


いつからだろう……その笑顔を何度でも見たいと思ったのは


いつからだろう……彼がいない生活なんて想像できなくなってしまったのは


「うっ……ぐずっ」


こんな涙を流したのは、いつぶりだ……


いや、初めてだ


そんなの自分が一番分かっている


「士ぁ……」


何度だって、彼の名前を呼ぶ


彼女は眼帯を外し、風に舞う花びらを目で追いかけた






簪side-


自室のクローゼットを開けるとそこは、自分にとっての楽園のようになっている


好きなアニメのポスター


魔法少女もの


特撮ヒーローもの


主人公が悪者を倒す、単純なバトルもの


どれも、主人公の男の子は士に例えてきた


自分にとってのヒーロー


人生の主人公は自分……なら、ヒーローは必ず、士


でも、そんな彼はもういない


ヒーローが、困ったときに助けてくれる存在がいない物語……そんなものがあっていいのか


答えは、否


散々泣いた……


簪は眼鏡を外す


その目は、決意の炎を燃やしていた









楯無side-


「どうにかできませんか?……はい……はい……は、い……すいません。失礼します」


生徒会室


その玉座に腰を下ろす楯無は


ロシアの連邦代官との電話を切る


受話器に打ち付けるように


がたんっと大きな音を立てて、電話は押し付けられた


破片が飛び散る


「くっ……うう」


さっきまで、耐えていた……流れを必死に止めていた涙は


突如また、こぼれ始めた


「どうしたら、いいのよぉ!」


拳が叩きつけられる


大理石でできたテーブルはびくともしなかったが


これが、ガラスなら跡形も無かっただろう


「士、くん……」


楯無は、彼の笑顔を思い出す


目を閉じて、ゆっくりと


次に目が開かれると同時に上着をとって生徒会室を飛び出した








夏海side-


二人部屋


その名の通り、二人で過ごす部屋


夏海は今の状況の矛盾を怒りに表すことすらできなかった


朝、彼を起こす……照れくさくって、叩くこともあった


制服のしわを伸ばしてあげる……なんだか、夫婦みたいで、でも彼はいつもと変わらない笑顔で『ありがとう』って


鍵をしめる……ふらふらっと歩いていく彼はおっちょこちょいで、鍵も閉めない。でも、それは私がいるからだとそう自負するだけで、嬉しくなれた


鍵を開けてあげる……『夏海ぃ〜かぎ〜』


間抜けな声が今でも、抜けない


たまに、夜ご飯を作ってあげる……部屋から出たくないとダダを捏ねる日はそうしてあげた


失敗して、自分でも食べるのが嫌なほどでも嫌な顔せず、美味しそうに目を細める士


つい、さっきまでのように思えるこの部屋での思い出


「くっ……!」


このままで終わっていいはずがなかった







夏海side out




学園の校門


最愛の人が別れを告げながら、くぐったこの門に一つの影が


セシリアだ


優雅にも見えるその様でブーツをカツカツと鳴らしながら歩む


その隣へ並んだのは楯無だ


広げられた扇子には「悪あがき」


その赤い目は何事にも退かない何かを証していた


「あら、会長さん」


「なにかしら?セシリアちゃん」


「ふふっ、なんでもありませんわ」


そんなやりとりの後、セシリアの隣に箒が並んだ


「早かったではないか」


にやりと口角を上げた彼女はしっかりと前を見つめている


次に楯無の横に並ぶは簪


「遅れ、ちゃった」


可愛らしく告げた彼女はゆっくりと、眼鏡をして前を見据える


箒の隣に、今度は鈴がしっかりと髪を結びながら並ぶ


「こっち、結んでくれない?士に変だって思われたくないからさ」


おどけて笑う鈴


それでも、声にはしっかりとした野太い何かが、伺える


「鈴、さっきはすまなかったな」


ラウラがその隣に寄り添った


眼帯は既に外されている


「更識さん。食べる?……ちょっとしょっぱいけど」


シャルが簪の隣で饅頭を差し出した


簪は困ったように顔を潜める


「あら、皆……準備はいいかしら?」


夏海がラウラの隣で笑った


シャル、簪、楯無、セシリア、箒、鈴、ラウラ、夏海


それぞれが大きな決意を秘めて、校門をくぐる


また、彼にここをくぐらせるために


「「「「「「「ロマンはどこだ」」」」」」」


彼の、あの台詞を口々に漏らした少女等は士を取り戻しに学園を出る












「きっと、ここよ」


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