小説『IS〜インフィニットストラトス―ディケイドの力を宿す者 ―』
作者:黒猫(にじファン)

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セシリアSide-



「さて、やっと戻ってこれましたわ」



IS学園の正面ゲート前で、白のロールスロイスから降りたわたくしは早速の熱気にうんざりしながらも気分は高揚していた



(やはり、思い人とは同じ空の下にいたいものですし………)



わたくしセシリア・オルコットは本国イギリスでの仕事を終えて、やっと今日日本へと戻ってこられた



オルコット家での溜まった職務、国家代表候補生としての報告、専用機の再調整、それ以外にもバイオリンのコンサート参加、旧友との親交、それに───両親の墓参り



「…………………」



考えると、まだ胸の奥が痛む



───どうして、何もいわずに逝ってしまったのだろう






───どうして、わたくし一人が残されたのだろう






───どうして、二人は最期に一緒にいたのだろう



(いつかわかるときが来るのかしら‥‥‥)



「お嬢様」



───っ!?



呼ばれて振り向くと、わたくしの幼なじみであり専属メイドでもあるチェルシーがいつもと同じように微笑みを浮かべて控えていた



「どうかなされましたか?」



「い、いえ、なんでもなくてよ」



わたくしは多少乱れはしたものの、努めて平静を装った



相変わらず、チェルシーは人の心の機微に鋭い



昔からそうだ



十八歳とは思えない落ち着いた雰囲気を身に纏っていて、幼なじみと言うよりわたくしにとってはお姉さんのような人



そんなチェルシーは憧れであり、目標でもある



「そうですか。それでは、お荷物の方は私どもがお部屋まで運んでおきますので」



そう言ってチェルシーはうやうやしく頭を垂れ、もう一人のメイドを連れて荷物を運びはじめる



(さてと、わたくしは───)



「早速、神谷様に会いに行かれますか?」



「ちぇ、チェルシー!?荷物を運びにいったのではなかったの?」



「実は一つ確認しておくことを恥ずかしながら失念しておりまして、戻って参りました」



「そ、そう。それで、確認とは?」



「あの白いレースの下着は神谷様用ですか?」



「─────────」



え?



「お嬢様、派手すぎる下着は却って逆効果と思われます」



「あ、あの、あれは───」



「では、これで」



言い訳をする暇も与えず、チェルシーは再度丁寧なお辞儀のあとスカートを翻して行ってしまう



いや、あの、ええと───、え?



「え?」



母国に帰った際にこっそりネット通販で買って、二重底のスーツケースに隠しておいたのに………なぜ?



ふっ、とあのチェルシーの柔らかな笑みが脳裏に浮かんで、たまらなく恥ずかしさがこみ上げてくる



ああああああっ………



(あ、穴があったら隠れたいとはこのことですわ)



顔が痛いほど熱くなって、夏の暑さとは関係なく汗が噴き出してくる



手のひらは特にひどくて、今すぐにでも洗いたいほどだった



その時だった



「ははは、大丈夫だよ……うん……心配すんなって」



携帯電話を片手に制服を下品にならない程度に着崩している彼―――会いたかった思い人、士だった



「えっ?このバットを護身用に持って行けって?おいおいデップ何度も言ってるじゃないか。それはバットじゃなくてゴボウだよって」



「(どんな会話してますの!?それに見てもないのにバットとゴボウを見分けるって……)」



「何だって?……うんうん……僕の将来の夢はハンバーグになることだった?」



「(本格的に何者ですの!?)」



「ハハッ、出たないつもの台詞。これなら心配なさそうだな!」



「(いつもの台詞!?あれがですの!?)」



「よ〜、セシリア」



いつの間にか携帯電話をしまったであろう士が手を振りながらこちらに歩み寄ってくる



───どきぃっ!?



え?えっ?ええ!?



「(わたくしに声をかけてくださいましたの!?)」



ドキドキと高鳴る胸を一度手できゅっと押さえ、あくまで冷静にどこまでも平静にわたくしはゆっくりと振り返る



「よ〜」



「士さん、一週間ぶりですわね。ごきげんよう」



スカートをつまんで優雅に挨拶をしながら、けれど内心はとても穏やかではいられなかった



───ああっ、本当に士さんでしたわ!



やはり、わたくしを思ってわざわざ出迎えに………?



きゃあっ、そんな、士さんったら!









『セシリアが帰ってくると思ったら、いてもたってもいられなくなって』



『そんな、士さんったら……お上手ですわ』



『ウソじゃない。セシリアと離れて過ごす一週間は、永劫の時にも等しかった』



『士さん……。あっ───』



『もう離さないよ。マイ・プリンセス』











ああっ、ああっ!



いけませんわ、いけませんわ!



このような場所で!



誰かが見ているかもしれませんのに!






「セシリア?」



「───はっ!?」



真夏の白昼夢───もとい、妄想だった



「大丈夫?ぼーっとして、熱射病か?気をつけないとダメだぞ?まぁ、こんなにくそ暑かったら仕方ないけどな」



「い、いえっ!大丈夫です!その、さっきまで車の中でしたから、すこし立ちくらみをしただけです!」



「そうか。それならよかった」



「ええ、まったくです」





!?



「…………えーと、どちら様で?」



「お初にお目にかかります。セシリア様にお仕えするメイドで、チェルシー・ブランケットと申します。以後、お見知りおきを」



もう荷物は運び終えたのか、いつの間にか戻ってきたチェルシーは士さんに丁寧なお辞儀と自己紹介をする



(あら………?なぜチェルシーひとりなのかしら?)



考えて、すぐに思い当たる



チェルシーだけが戻ってきたところを見ると、どうも陰から様子を見ていて、このタイミングで出てきたのだろう



………本当に心の機微に鋭い



「あ〜。前に一回、セシリアから話は聞いていましたけど、あなたがそうだったんっすか。どうも、神谷 士って言います」



「はい。神谷様。───ときに、ご無礼を承知の上でおたずねしますが、私のことをお嬢様はなんと?」



「ああ……とてもよく気が利く方で、優秀で、優しくて───美人だって言ってました……その通りっすね」



「まあ」



にっこりとした柔らかな笑み



それはお世辞のしようがないくらい綺麗で、けれど嫌味ではなく人を包み込むような優しさに満ちている



それはわたくしが一番よくわかっているのだけれど───



(士さんったら、わたくしには一度も美人だなんて言ってくれませんのに!)



そんなちょっとしたやきもちさえ見透かしたように、またチェルシーが微笑む



(うう……、チェルシーもチェルシーですわ………)



この笑顔には勝てない



昔から、ずっとそう



「私も神谷様のお話はよくお嬢様から耳にしております」



───!?



「ほぉ〜、そうなんすか。セシリアは俺のことはなんて?」



ああああっ!



チェルシー!お願いだから話の内容は言わないで!





「くすっ。それは………」



今度は動揺を感じ取ったようで、さっきよりも茶目っ気のある笑みを浮かべるチェルシー


そして、ゆっくりと人差し指を唇に持って行く



「女同士の秘密、です」



それは同性さえドキッとさせる、ものすごく魅力的な笑みだった

















「それにしてもチェルシーさんってセシリアの言ってた通り美人だっだな〜」




「……そうですわね」



場所は変わって学園の食堂に隣接しているカフェ



冷暖房完備、年中無休のここでは駅前のコーヒーショップなんか目じゃないくらいの本格的なドリンク、それに四季折々のスイーツが楽しめるとあって、夏休みであっても学園生の姿が絶えない



「ね、ね、あれ、一年の神谷君じゃない?」



「ホントだ初めて見た!」



「やーん、格好いい〜。年下っていうのも、案外いいわね〜」



「でもでも、私的には一年生なのにしっかりしてそうな雰囲気が好きかなぁ」



「あのイヤホンを肩からかけてるの、格好いいな〜」



そんなおしゃべりがにわかに聞こえてくる



普段なら、その士とのツーショットなのだから、何より嬉しいし自慢したくもなるシチュエーションだった



けれど……



「………………」



むすっとしたふてくされ顔で、セシリアはアイス・カフェラテをつまらなさそうにかき回す



ストローに押された氷がかららんと透き通った音を立てるが、今のセシリアの耳にはどうでもよく響くだけだった



(大体、初対面なのにふたりともあんなに楽しく話して……)



さっきまでの士とチェルシーの会話を思い出し、またモヤモヤとした苛立ちがわき起こってくる



『チェルシーさんってすごいっすね〜。同じ十代とは思えないですよ』



『神谷様、私のことはどうぞチェルシーとお呼びになって下さい。口調も、お気を遣わずに使用人と思っていただいて結構ですので』



『いやいや、なに言ってるんですか。チェルシーさんこそ呼び捨てでどうぞですよ。それに自然と敬語になっちゃうんですよね〜』



『まぁ。神谷様はお上手ですね。女の喜ばせ方を、よくご存知のようです』



『誉めすぎですよ』



『そうですか?ふふっ』



どこか楽しそうに話す士



それに、自分の本心を知っているくせに目の前で仲良くするチェルシーにも心がざわざわとした



(あの噂、本当なのかしら……)



先月の終わりに偶然耳にした噂



それも、昨日まではまったく気にもとめていなかったのに、今になってそれが落ち着かなくなる



いわく、『神谷 士は年上が好き』



(根も葉もないつまらない噂話と思っていましたけれど………)



先刻のチェルシーに対する態度を見ると、あながちウソでもないように思えてきてしまう



(年上って、それはどうにもなりませんし………。はぁ………)



同い年で生まれた以上、いきなり自分が年上になることも、相手が年下になることもない



そんな、努力でどうにかならないものを求められても困る



なんだかよくわからないままにセシリアは気が滅入ってきて、ただひたすらに憂鬱な気分だった



「はぁ………」



「なあ、セシリア。さっきから機嫌が悪いけどどうかしたのか?」



「士さんのせいですわ」



「俺かい………でも、イギリスには美人な人が多いんだな〜。チェルシーさんもだけどセシリアもだしさ」



え?



「本当ですの?……その美人というのは……///」



「おう、イギリスは皆あんなに美人なのかな?」



まさかの発言だった



あの唐変木の塊―――と、言うより世の唐変木を合体させたような男の口からそんな言葉がでてくるとは



「ま、まぁ……つ、士さんも、格好いいと……思います、わよ」



照れ隠しに士を褒める



「照れるなぁ……あんまりそんなこと正面きって言われたことないし……いやぁ」



「………///(士さん〜〜〜!!そんなにニッコリされたら〜〜///)」



ふと、目を逸らすと周りの二、三年生すら目がハートになっていた



「顔、赤いぞ?大丈夫?」



「だ、大丈夫ですわ///」



それはまだ暑さの衰えない、八月のある日の出来事だった

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