四回の表の清香のピッチングは最高だった
六番を三振に討ち取ると
続く七番はセンターフライ
八番もサードゴロにしとめた
俺がマウンドへ向かう清香にしたアドバイスはたった一つだけ
「今までのピッチングの悪いところは忘れちまおうか……失敗って言う悪夢を成功って言う正夢にしちまおうぜ」
それだけだ
清香は頷き、肩の力を抜いて投げる
それだけ
ストレートの伸びは初回とは比べ物にならないし、カーブだってキレがある
注文どおりの球、コースにボールを散らした彼女のピッチングはさすがとしかいえない
俺の推測では彼女はスロースターターだ
前半の三回ではまだ調子が上がってこない
しかし、試合にもなれて
三者凡退に討ち取ったこの回を機に一気にペースをあげるだろう
しっかりリードしないとな……
そんな清香を援護したい打線はその裏
五番、箒がストレートを掬い上げ、レフトまで高く上げた
ホームランと思われたその打球は残念なことに伸びたらず、レフトフライに倒れる
六番のセシリアは初球のスライダーを見送る
二球目と三球目のストレートはどちらもアウトコースの球で、カウントを１エンド２とバッティングカウントへ
その四球目はインコース低めのスライダー
しかも、今日一番のキレだったと思う
それでも彼女は迷うことなくバットを振りぬき、レフトへのツーベースを記録
七番の鷹月もセンターへヒットを放ち
ワンナウト、ランナー三塁、一塁
八番の本音ちゃんをフォアボールで歩かせ、満塁
九番の清香は良い当たりではあったのだが残念ながらショートの守備範囲
無得点で終わる
今は、五回の表
ワンナウト、ランナー二塁
九番にフォアボールを許したが続く鈴に全力投球
なんとセカンドゴロで仕留めた
クイックモーションではなく、ゆっくりと投げた彼女はもちろん盗塁を許したが
鈴を討ち取ることでその球は更に真価を発揮する
続く二番のティナ
その初球はストレートをアウトコースへ
二球目を俺は思案していた
さて、どうしようかね……
ティナも小技こそ上手いものの、長打はない
甘くなければ討ち取れる
俺はカーブのアウトコースをサイン
清香は二塁ランナーを一瞥して
投げる―――
カーブは注文どおり、ストライクゾーンから逃げていく形に
ティナはバットを泳がす
二球続けてアウトコース
なら、もうここは……
下手に遊ばなくていい
終わらせる
そうして、少しだけゆっくりとしたモーションで清香はインコースへカーブを
ティナはバットを振り、三振
さらに俺はマスクを放り投げて、三塁へ送球
狙ってたのは分かってんだよ！
判定はアウト
難しいバウンドにしてしまったが、鷹月が上手く処理してくれた
感謝感謝
そうして、迎えた五回裏
この回、二組は守備の変更があった
キャッチャーがファーストへ
ファーストはレフトへ
レフトはベンチに下がり、新しいキャッチャーがマスクを被った
前回の守備でレフトが足をくじいていたような……
打順はラウラからだ
ここまで二打席連続でヒットを放っている彼女はバッターボックスの土を馴らしながら狙い球を絞っていた
そうして決めた球はやはりスライダー
彼女は構える
ピッチャーはゆっくりとモーションを取り、投げる
ラウラはその初球、振る素振りすら見せなかった
ストライク
二球目
ラウラの身体付近に来た球をよける
平行カウントからの三球目
ラウラはスライダーをひきつけて、
ガッシャン！
ひきつけすぎてファールの
追い込まれた彼女は冷静だった
ピッチャーは小さく振りかぶり、投げる
「ストライク！バッターアウッ！」
ラウラは三振に終わった
空振りだ
ベンチに戻ってきた彼女は暗い顔で告げる
「やつの決め球はスライダー……誰が、そう決めた？……違う、やつの決め球は―――」
ラウラがその告げると同時にシャルの三振が告げられた
「ナックルだ……」
二組のスタンドが沸いた
ナックル……ほぼ無回転で放たれたボールは左右へ揺れるように不規則に変化しながら落下する
右へ曲がったボールが左に曲がって戻って来るなど、常識的には考えにくい不規則な変化から、時として現代の「魔球」と呼ばれることだってある
彼女のストレートの球速は大体、１２５ｋｍ/ｈ前後
そんなストレートの後に来る、球速８０台の球
「凄い、変化量だ」
ラウラは続ける
「これか……キャッチャーが変わった理由」
俺が呻く
「う〜ん。なっくるぼ〜るは捕りにくいから〜」
「当てたとしても、飛ばないかも……」
本音ちゃんと鷹月が続いた
「でも、打つしかないの！」
櫛灘がベンチを飛び出す
「十月のフォールエレメントはこんなところで終われないのよっ！」
ナニソレ？
皆が思ったが彼女は既にバットを構えていた
早いな……
そんな初球
「いきなりナックル！？」
ゆらゆらと落ちていくボール
しかし、櫛灘は……
「しゃらくさいのよーー！！」
思いっきり、振りぬいた
その打球はセンターとレフトの間に落ちる
『おおおおおおおお！！』
一組のスタンドも歓声が上がった
「俺かい……」
魅せてくるか……
俺はバッターボックスで目を細めてピッチャーを見る
落ち着け……
走力がある、彼女が一塁にいるのにナックルを使ってくるか？
答えは、否
彼女は打たれ始めているものの、スライダーもある
なら……
初球のストレートかスライダーは振らせてもらうぜ
身体を捻って、ランナー櫛灘を一瞥したピッチャーはその初球を投じた
狙い通り……………え？
その球は……ナックルボールだった
「くそっ！」
バットを出す動きまでしていた俺は対応できず、中途半端にボールに当ててしまう
ボールは力なく、打ちあがり
ライトフライに……
やっちまった
完璧に……読みが外れた
六回の表の攻撃
三番にデットボール
四番に長打を浴びて、二塁、三塁
五番をショートフライに終わらせるものの
六番にヒットで一点追加
七番にも連打を浴びて、もう一点
八番と九番を三振に抑えてベンチに……
５−２
今回は完璧にリードが甘かった
カーブで抑えられたところを、ストレート
追い込んで、一球遊べばいいものをわざわざ、カーブを投げさせた
「あ、あの……士くん」
ベンチでうなだれる俺に清香が気さくに声をかけた
「き、気にしないでいいよ……私、もっと頑張るから！だから、ね？もっと自信持ってリードして？」
「神谷君、いつも通りでいいんだよ。清香も私も、皆も……そう思ってるから」
鷹月が続いた
「……」
ベンチを見渡す
皆が俺を見て微笑んでいた
優しい、そんな笑みだ
「……しゃあね〜な。やるか」
立ち上がり、手を鳴らした
六回の裏
五番、箒
その初球はやはり、ナックルだった
「むっ！」
箒はなんとか我慢
ストライクにこそなったが、よく見れている
それからも、ナックルボールの運もあってか、制球が定まらずフォアボール
続いたのは……
「箒さん、お任せください。あれだけ、見ましたの……もう、打てますわ」
ボックスへ向かうセシリアは呟く
セシリアはバットを右手で掲げて左手でユニフォームの袖を引っ張る。狩人が弓をひいて獲物を狙うポーズを取る
「わたくしは、一発の弾丸……」
呟くセシリア
投げられた球はナックルだ
「狙った球(獲物)は……」
そうして、ゆらゆらとキャッチャーミットの方へ……
「決して、逃しませんの！」
ガッキーン！
低く、重い打球は難なくセンターとライトの間を抜ける
箒は三塁に到達
セシリアも二塁へ
七番の鷹月
その鷹月は五球目……スライダーを上手く、ライト前に運んで一点を返した
５−３
続く、本音ちゃんと相川は二者連続の三振
ナックルに対応できずにいた
一番に打順返ってラウラ
「もう、三振だけはないぞ」
その左目の眼帯は外されていた
黄金に輝く彼女の左眼
それは、彼女の本気を示していた
「行くぞ……！」
その初球……ナックル
ラウラは迷うことなく、バットを振り上げた
ボールはポール際で……
ファールになった
「……っ」
悔しそうに顔をしかめるラウラ
しかし、飛距離は十分
いけるぞ
しかし、そんなラウラを警戒してバッテリーは
敬遠を選んだ
満塁となってシャル
初球から狙っていた彼女の打球は……
残念ながら、セカンド鈴が抑えた
「これ以上、好きにさせないわよ……！」
５−３
詰めていくリード
二組の攻撃は鈴からだ