その頃。少年は自分の小屋に向かって全力疾走していた。
やっぱりアイツ嫌いだ…
少年は次に彼に会ったら殴り倒してやろうと心に固く誓った。
少年は木材を適当に組み立てたようなほったて小屋の扉を開けて、後ろ手にドアを閉めた。
「あ」
少年は自分の手のひらを眼前にかざした。
手に、イオリが巻いてくれたハンカチを巻いたままだったのだ。
「どうしよう」
少年は手にくるくると巻き付けられているハンカチを眺めて1人呟いた。
大分痛みが軽くなった手からハンカチを外してみると、綺麗な花柄の刺繍が施されていてとてもかわいいハンカチだった。
「高そう」
少年は呟いた。
返さなきゃダメだよな。
使い込まれたテーブルにそっとハンカチを置き、ベッドに倒れこんで目を閉じた。
瞼の裏に今日会ったイオリの顔が浮かんだ。
少年には名前がなかった。
家族もいなかった。
あるのは羊とこの小屋だけ。
少年は少し恥ずかしくなった。
近所の子供たち、イオリ、ハルトと比べてどうして自分は。
「考えても仕方ないか」
少年は天井に向かってひとりごちた。
明日ハンカチを返しにいこう。
少年は決心して、羊に餌をやるためにのそのそと起き上がった。
翌日。
少年はハンカチを握りしめて、イオリの家の近くの路地裏に身を潜めていた。
イオリの家に行く所を、誰にもみられたくなかったからである。
「だれもいないな…」
少年が一歩踏み出した時。
「げ」
少年はピタっと足を止めた。
少年の天敵のハルトがてくてく歩いてきて、少女の家の呼び鈴をおしたのが見えて、少年は慌てて回れ右して路地裏に引っ込んだ。
少しの間の後、イオリが家から出てきてハルトとニコニコ笑いながら言葉を交わし、少女がドアを少し大きく開け放ってハルトを迎え入れた。
ハルトがお辞儀しながら家の中に入って、扉がパタンと閉じられた。
少年はそれをみて、静かに俯いた。
視線の先には薄汚れた自分の靴があって、少年はそれがとても恥ずかしく思えた。
ハンカチをぎゅっと握りしめ、少年は自分の家に向かって歩きそうとしたが、それを追いかけるように二人の楽しげな笑い声が漏れてきて、少年は耳を塞いで駆け出した。
聞きたくなかった。
少年は息を吸い込んで、それを音にして吐き出した。
「オオカミがきたぞ!!!!!!!」
少年は走りながら大声で叫んだ。
なにしてんだろう、俺。
周囲の人間が驚く様をあざ笑いながら。
「おいおいまたかよ」
露天商のおじさんが嗤う。
「だめよ、真似しちゃ」
母親が子供に諭す声が聞こえる。
「ばかじゃないの」
同じくらいの年齢の子供が少年を指さす。
「みんな食べられてしまえばいいのに」
少年はうつむいて走りながら呟いた。
なんで
どうして
こんな事になってしまったんだろう?