「おい、まだ着かないのか…?」
歩き始めて20分後、ハルトが息を切らしながらぼやいた。
二人が歩いているのは少年の小屋の裏手にある小高い山道で、晴れているにも関わらず、陽光は鬱蒼と繁った木々に遮られて届かない。
そのため昼でも夜でも薄暗く、町の人々は暗闇の森と呼んであまり近づかなかった。
「まだだよ」
少年は言葉少なに答えて、下草をザクザクと踏みしめて先を急いだ。
なんでコイツ、ルピナスなんか探してんだろう。
少年は目の前に垂れ下がった木のツルを払いのけながら思った。
俺なんかに話しかけて。
きっと何か企んでるんだろうな…
少年は憂鬱な気持ちになった。
二人は黙りこくったまま山道を歩き続け、更に30分後。
「あった」
少年が突然立ち止まった。
「どこ!?」
少年が指差した先には切り立った崖がそびえ立っていた。
ゆうに5、6メートルはありそうな崖の先っちょのほうに、ポツリと小さな花らしきものが見えた。
「高いな」
ハルトは上を仰ぎ見ながら呟いた。
「どうすんの」
少年がぶっきらぼうに尋ねた。
「登る」
ハルトが意気込んで言った。
少年は横目でハルトの格好を見た。
染みひとつない真っ白なシャツにズボン。
コイツこんな格好で登るつもりかよ。
少年はため息をついて、おもむろに岩の出っ張りに足をかけた。
「おい、何してんだよ」
ハルトが慌てて制止する声を振り切り、少年はすいすいと崖を登った。
あと少しでルピナスの花に手が届く、その時、
「あ」
少年の左足がズルリと滑った。
左足を置いていた足場が崩れたのだ。
足場を探した左足が空をかく、
右手が、離れる。
何かにすがろうとした左手が空気を掴む。
身体が宙を舞う。
墜ちる。
「――…!」
少年は目を見開いた。
そして少年のその身体が、なすすべもなく地面に叩きつけられた。
何処か遠くで、誰かの叫び声を聴いた気がした。
「―……おい!!」
少年は誰かの呼び声に目を開いた。
一瞬意識が飛んでいたらしい。
少年は地面に大の字に伸びていた。
「大丈夫か!?」
ハルトが少年の脇にかが見込んで尋ねた。
「大丈夫」
少年は答えて、自分の身体を見回した。
全身がズキズキと脈打つように痛んだが、高い所から落ちたにしては骨も折れていないようで、かすり傷程度で済んだようだ。
「次は俺が自分で取る」
ハルトが崖を登り始めるのを少年が止めた。
普段山に慣れていないヤツが急にこんな事出きるわけない。
しかしハルトは聞く耳を持たず、危なっかしい手つきで崖を登り始めた。
そして結果だけ言うなら、ハルトも墜ちた。
しかも足首をしたたかにぶつけたらしく、みるみるうちに腫れ上がった。
「おい、大丈夫か?」
少年が足首を押さえてうずくまるハルトに尋ねた。
ハルトは目の端にかすかに涙を浮かべながら弱々しく頷いた。
「それじゃあもうルピナスは取れないだろ、帰るぞ」
少年は呟いて立ち上がった。
「……っ」
少年は思わずその場にうずくまりそうになった。
足をくじいたらしい。
少年は痛みをこらえてハルトを助け起こした。
「―…」
ハルトは痛みに口も聞けないようで、無言で少年の肩を借りて歩き出した。