さやさんのグランドピアノの前に立つ。
ゆっくりと蓋を開けて、鍵盤のカバーを外すと、俺はA(アー)の音を探した。
・・・・忘れてない・・・・・・。当たり前か・・・・。
そして、いつも肌身離さず持ち歩いていた、タイム・トラベライザーを取り出し、ここへ来たときのようにセットした。
俺はちゃんと覚えてるって言ってるのに、Bluesは御親切にも、全て説明し直してくれた。
セットが完了し、Bluesとの打ち合わせが済んだ時、さやがポツリと言った。
「ねぇ、直さん。わたし、また直さんに目隠ししておくの・・・・?」
その質問には、俺も参ってしまった。
・・・・まったく、さやのヤツ、どう考えたらそんなこと思い浮かぶのか・・・・・・。
「ばぁか、そんなことさせる訳ないだろ? 目隠しなんかさせてて、おまえがどっか吹っ飛んじゃったらどうするんだよ・・・・」
そう言いながら、俺はピアノの前の椅子に腰かけた。
やや深めに腰かけると、膝の間の椅子の部分をポンポント叩いて、
「ここ・・・・」
それだけ言って顎をしゃくり、『俺の膝の間に座れよ』と合図した。
さやは一瞬戸惑ったような表情をしたが、直ぐにコクンと頷いて、俺の膝の間に腰を降ろした。
背後から、肩越しに話しかける。
「俺、ここに来て直ぐに、おまえに約束しただろう? 『ちゃんとおまえのこと守る』って・・・・。
最後までちゃんと守るからな・・・・・・」
さやはこっちを見ることなく、けれど、ちょっと照れたように肩をすくめていた。
・・・・よかった・・・・・・。さやが前を向いててくれて・・・・。
何かまともに顔見てちゃ、とてもじゃないけど言えないもんな・・・・、こんなこと・・・・・・。
さぁ、それより準備は整ったんだ・・・・。いつでもいいかな・・・・・・?
<Teen’s、いつでもどうぞ・・・・・・>
俺は頷いて、4つのAの音に自分の指を合わせていった。
「さや、今から帰るよ・・・・」
俺は思いっきりピアノの鍵盤を叩いた。
そして、さやがどこかへ行ってしまうことのないように、しっかりと抱きしめていた。