小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

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「おっと、危ないよ」
部屋からリコスを連れ出し、扉を勢いよく閉じるなりアシエは上段蹴りを彼に見舞っていた。とはいっても、それは彼の肉厚なアーミーナイフによって防がれている為、体にすら到達していないのだが。
 殺すつもりは無かったものの、数ヶ月の間昏倒状態にしてやろうと思っての蹴りだった。だから受け止められたのは大きな誤算だったし、彼の反応能力に単純に驚きもした。
「……やだなぁ、小隊長。今俺を半殺しにしようと思って攻撃してきただろう」
 その声や、向けられた睥睨には強い怒りの色が滲んでいて、酷く威圧的なものだった。ただのお調子者であるチンピラ風情なら、黙って逃げ出しそうな程である。
 だが生憎、アシエは気が強い方だった。その威圧感を前にし、怯むどころか負けじと怒りを露にして怒鳴りつけてやる。
「さっきのは何!調子に乗ると、その頭も胴体から2分裂することになるわよ!」
「いやね、小隊長。怒るのはいいんだけど、そんな顔を真っ赤したまま怒られると恐くも無いんだよ。寧ろ可愛いくらいにね」
 言葉が終わると同時に見舞ったはずの拳は、いつの間にか見事に壁を殴打している。リコスの顔面に向けて放ったはずなのだが、どうやら彼は平然とした顔でそれを回避していたらしい。
 どうやらそれなりにいい反射神経を持っているようだ。正し、一体、何処で身に付けたのかは疑問ではある。
「あ、あの設定は何!?私があなたの幼馴染ですって?」
「だって、あの場で俺が恥を掻かない為には、小隊長を犠牲にするしかなかったじゃないか。ほら、何かから逃れる為には、その代わりとなる贄が必要なんだよ。だから別に男性経験の無い君を嘲笑うとかそういった念は込めてないさ。それに、本当に僕でいいなら設定を現実にしてあげてもいいんだよ?」
 『男性経験が無い』。アシエの胸は、この一言で一気に刺し貫かれた。
「う、五月蝿いわね!」
「俺の前では感情を見せるんだ」
「〜〜ッ!」
 上手く言葉を見つけ、こちらの弱みに付け入るような口頭を用いる青年に、少女は口唇を震わせ、声にならない唸りで抗議した。
 それだけ自分も意外だったのだ。こんな出会ったばかりの他人――しかも異性に、嫌悪や怒りといった感情だけだとしても、自分を曝け出せているのが。

……と。
「ねぇ、アシエとリコス。ちょっと足りない部品があるんだけど、買出しに行って来てくれない?」
 突然として2人の喧嘩に水を差したのは、閉めた筈の扉からこちらを除き見ていたパルトだった。



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