小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>





王国都市マルクトは、今日も活気という名の希望に満ち溢れていた。

 頭上には広遠たる壮大な青空が広がり、その中に疎らな白い雲が混じりあい、絶妙な色合いのコントラストを生み出している。
空から差してくる眩い光は、かつてこの世界を焼き払った核兵器の炎と同じような色をしているのだろう。だが、今この世界を生きる新人類にとってその悲劇は遠い昔のことであり、境界線の向こうと化していた。
 廃墟の建物を利用して造られた店からは売り子の声が飛び、通りを歩く者達の雑踏に消えていく。その活気の良さは、本当にここが結晶放射に汚染された世界であることを忘れる程の光景で、

「やっぱり街はいいわね」
 思わずアシエは、雑踏に混じりながらも大きく息を吐いていた。嘆息ではなく、感嘆の息を。
「やけに恍惚としてるね。いや、俺もこの雰囲気は好きだけど」
 隣にリコスを連れて居る事だけが若干の不満だったが、彼は彼でこの街の様子をとても楽しんでいるようなので、その存在には目を瞑ってやることにした。さすがにこの楽しそうな街中で騒動を起こしたくは無い。
「しかし……いや、色んな奴らが居るね」
「王国だもの。そりゃあ、色々な区画から人間が集まって来てるし、そのお陰で技術も発達してる。それに、一番旧文明時代の建造物が形を遺してるのがマルクトくらいだからじゃないかしら」
「成るほど、道理で色んな物がいちいち目を引くわけか……1日中見て回っても、到底回りきれそうに無いな」
 秩序的に並べられた出店の商品を見つめては、リコスは意外そうに息を吐いている。その表情は嬉しそうでもあって、その瞬間だけはアシエが持つ彼への憎しみも消えていく気がして。

(――こうしてれば、普通の男の子なんだけどな)
 そう思い、打ち消す。僅かながらの気恥ずかしさを振り払う為に大きな動作で左右に首を振った。何の感情を抱いている訳でもない相手に、こんな感覚に陥ってしまうなんて――と、微かに自嘲の笑みを浮かべた。

 街に鳴り響く客引きの声を届けてくれる爽やかな風は、アシエの気分を明るいものにしていた。あんな息の詰まるベースに居るよりも、こうしていた方が気分は軽くなる。何故なのかは知らないが、これも感情というものの所為なのだろう、と少女は勝手ながらの憶測を信じることにした。
 と同時に、ここ数日間、ろくな食事をしていなかったことを思い出す。或いは何も口に出来なかった日もある。
「どこか店にでも入りましょうか?ここ数日、誰かさんの所為で満足な栄養にもありつけなかったしね」
 感じる空腹を紛らわそうと、アシエはわざと皮肉っぽく笑みを浮かべた。食事不足の原因を作ったのは彼だから。
 だが実際、今の状況をそこまで悪いとも思っていなかったので、さっきまでの笑みと違って、それは比較的明るいものだった。
 そんないつもと違う少女の笑みに驚いたのか、リコスは「ぷっ」と笑いを吐き出した。それから慌ててアシエの顔色を見、怒っていないことを確認する。
「別に怒ってないわよ。実際、今のあなたはそこまでムカつかないわ。……いつもそんなで居てくれればいいのに」
「怒ると思ったんだけど。俺も、いつも君がそんなならもう少し君の事、好きになってもいいんだけどね」
「……減らず口」
 そんな口を叩きながらも、アシエは微笑を浮かべた。
「へぇ、君でもそんな笑みを浮かべることもあるんだね。そうしていると唯の美人さんだ」
「口説いてるの?」
「今の君のままならそれもいいかもしれない」
「冗談、こっちからお断り」
「酷いなぁ」
「あなたもね」
 そんな惚気なのか、そうでないのかわからない会話を交わしつつも、賑やかな表通りを順調に歩いていく。途中途中、王国機関の制服を着ているアシエに好奇の視線を向けてくる者達も居たが、それという問題も無く――店へ向かう途中でリコスが「君を食べたい」などと言い出した故、笑顔で顔面を殴打しておいたという事件は無かったことにして――ごく普通に2人は店への道を辿った。

-12-
Copyright ©むぎこ All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える