小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

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だが、

「褒められるのは嫌いじゃないよ。君になら尚更だ」
 暗い雰囲気を取り払うべくか、リコスは威勢良く皮肉を口にした。もしかするとそれは、彼なりの気遣いだったのかもしれない。
「褒めてないわよ……ただ、ちょっとだけ……――ううん、なんでもない。それより、機関からの呼び出しが無い内にさっさと買い物に戻りましょ」
 言葉を諦めて椅子から立ち上がったアシエは、懐から適当な数の硬貨を取り出し、その中から必要な要求額だけをテーブルに置いた。リコスは彼で、硬貨を取り出して同じ様にテーブルに置く。
「え、何?機関ってそういうもんなの?もっとだらだらしてるもんだと思ってたけど」
「いつ愚者の発生があるとも限らないからね、そういうもの」
 機関が受ける依頼は大抵、愚者の討伐依頼である。そしてその大半が、繁殖期を迎えて数を増やした愚者達の群れの掃討任務などに当たることとなる。
 そしてその依頼が隊に回った場合、その隊は緊急招集を受け、その中から任務へと赴くものを決定しなければならない。しかし大抵は集まるのが面倒だ、という隊ばかりだったので、召集をかけられる前から当番表を作って置いていたりするのだが。
 1週間ほど前、少女がたった1人で第6区のネツァクまでわざわざ出向いていたのも、この為だった。

「で、結局何処に行くの?」
 リコスが単純な疑問をぶつけて来る。それもそうだ、こんな所で立ち往生している暇は無い。
「どれもこの近辺の店で買えるわ。一体何に使うのかわからない品ばかりだけど」
 アシエがパルトから受け取った紙に書かれていた機械の部品と思われる様々な品々の名称は、一応機械学の勉強を積んできた彼女でも知らないものばかりであった。いや、一応1つや2つは知っている名前のような気がするのだが、一体どんな用途に使用される部品なのだろうかを忘れてしまっていた。
 だが、別にこの材料から何かを作り出すのは自分の仕事ではない、と諦めて少女は歩き始めた。料金を勘定し終えたのだろう、先程の定員が「ありがとうございました」と声を背後で飛ばす。振り向くこともしなかったので、それが本当に自分たち2人に掛けられた声かどうかわわからなかったのだが、それもどうでもいいことだった。
「あそこに見えてるのがそうね、機械部品店。っていうか滅茶苦茶胡散臭い外見なんだけど」
 カフェテリアからほんの少し歩を進めたところで、その建造物は視界に入ってきた。汚れきっている空気のせいでその姿は霞んでいるものの、なんとか「部品店」という大きな看板が目視出来る。
「本当に何でも揃うねぇ、この街」
 隣でそれを確認したリコスが、感嘆の声を漏らしていた。何度か街に来たことはあると言っていたのだが。
「あなた、マルクトには何度か来たんでしょ?」
「あぁ、だけど王国の発展は早いもんだ。ちょっとの間に随分と変わった」
 何所か懐かしむようにして街の光景を眺める青年の姿は、何故か酷く感傷的だった。まるで過去に此処で、大切な何かを失くした人のように。
 こういう時だけは、いつもの鬱陶しい彼が遠のいていくような気がする。『脳ある鷹は爪を隠す』とは言うけれど、もしかするとこの青年もどこかに特別な何かを隠し持っているのではないだろうか。

(――失くしたもの、か)
 気が付くとアシエも立ち止り、感傷に浸っていた。長い旅の果てに辿り着いたのであろう風が全身を吹きぬけていく。髪を揺らし、目を瞑りながら色々な思い出を掘り起こす。その内だんだんと現実の音が遠くなり、思いの海へと沈んでいくような感覚に囚われていた。

 が、
「ねぇ、アシエ。買い物に行くんだろう?さっさと戻らないと、パルトが誤解するかもしれないよ」
 リコスの声に、アシエは思い出の海から引き上げられた。一瞬自分を失っていたような気がして、今までの感覚を取り戻すために瞬きを数度行う。
「ご、ごめん。ちょっと色々思い出しちゃって……。って、誤解って何を?」
「僕らがハレンチな事してたのかなって、思っちゃうかもね」
 そう言う彼の表情も既に元通りになっていた。代わりにいつも通りのロクでもない冗談と、取り繕ったような笑みを浮かべている。

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