街を行き交う人々の姿も変わらず其処にあった。急に立ち止った2人を不思議に思ったのか視線を向けてくる者は居たが、王国機関の人間と関わりたくないというが如く、それらは勝手に此方を避けて行ってしまう。
(――らしくないな、私)
アシエは軽く背伸びをした。思い出に浸るなど、らしくもない事をしてしまった。
「さて、行きましょう。あなたの言うとおり、パルトが誤解したら困るものね」
「おや、小隊長さんはそれがお望みで?」
「違うわよ。ただ、あの子なら本当にそう勘違いしかねないって思ったの」
踵を返し、また部品店を目指して歩き出す。上をちらりと見上げてみると、もう太陽は真上の折り返し地点に昇っていた。街に繰り出してから、結構な時間が経ってしまったようだ。
――と、
「よいしょ」
「ひゃあっ!?」
突然、何の前触れも無く目と鼻の先にリコスの顔が現れる。思わずアシエは驚いて甲高い声を上げた。
「静かに。こうやってる限りはイチャイチャしてると思われるだけで済むだろう。……このまま裏路地へ逃げるよ、いい?」
迫った彼の顔は、明らかに周囲を警戒していた。人目を気にする警戒ではなく、何処かに潜む敵を探っているような目で。
となると、何処かに敵の姿を見つけたのだろうか。或いはアシエ自身気付かなかったが、いつの間にか着けられていたのか?
とりあえずはどちらでもいい。振り向いてその存在を確かめようとしたのだが、
「んっ?」
瞬間、強引に顔を寄せられたのと同時に――唇を何かで塞がれた。『柔らかい感触』の何かで。
「んむぅ……ッ!?」
それがリコスの唇だと分かると、酷く恥ずかしい気持ちに襲われた。引き剥がそうとするも、流石に男性である彼の力の方が上回っていてどうにも出来ない。
暫しの沈黙後、彼はゆっくり唇を剥がす。そして今度はアシエを抱き寄せ、耳元で囁いた。
「振り返っちゃ駄目だ。警戒されていると悟られれば、周囲の賢者達も巻き込むことになりかねない。俺も都合上、余り大勢が居る場所で騒ぎは起こしたくないしね。本当は君も帰ってもらいたいんだけど、1人にすると奴らが人質に取りかねないし。だから大人しく付いてきて」
言い終わると同時に、有無を言わさずリコスはアシエの手を握って歩き出した。セクハラ容疑で自警団に突き出しても良いのだが――
(――えっと)
得意の状況整理も、頭がぼんやりとしていて覚束無い。何を考えようとも、直ぐに脳内の考えは霧散していってしまう。
先刻、自分は何をしたのだろう?唇と唇が重なって……
そうか、あれは――