小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

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 そうか、あれは――
「キ……」
 思わず口に出しそうになったところを、裏路地へと引き込まれる。
 振り返ると、真剣な顔をして拳銃を構えるリコスの姿があった。どうやら惚気を語っている暇も無さそうな雰囲気を纏っている。
「いいかい?君は下がってるんだ、勝てる相手じゃない」
 その言葉に含まれている真剣さと剣呑さに、アシエはようやく今置かれている状況を思い出す。
 だからといって先程のキスはないだろう――と、アシエは心の内で文句を垂れながらも、直ぐに戦闘を可能にする為、袖口から手中にマグナムを滑り込ませる。銃器独特のひんやりとした感触が、今は逆に有り難い。
 その冷たさでどうにか困惑する心を自制した少女は、今度は吼えるように言葉を吐き出した。
「私だって戦えるわ!私が許せないのは、そう、あなたみたいに勝手に人のファーストキ……じゃなくて、女だからって甘く見てる奴よ!」
「まぁ、そうだろうね。敵がそこら辺のチンピラとかゴロツキとかの類だったら、俺だって戦わずに敵前逃亡してやるんだけど……今回ばかりは、見つかると非常にマズイ」
 言葉を吐き出し始めてから吐き出し終わるまでの間、リコスは常に路地の前後を気にしていた。追手のことを警戒しているのだ。
「何でよ」アシエはやや突っかかるように毒づいた。「じゃあ手馴れなわけかしら?私だって昔から訓練を積んで来た身よ、手馴れの1人2人ならどうにだってしたこともあるわ!」
 実際、生まれてから19年間の人生訓練を経て、その中でアシエは強くなっていたのだ。それに、人生の中で命のやり取りを行ったことも数知れない。
 だからこそ、機関の小隊長という地位を、女性というハンデを乗り越えて手に入れるに至ったのだ。故に、逃げろ等と逃走を促されると、腹が立って仕方が無かった。

 だが、
「俺だって相手が『人間なら』協力を頼んでるよ。別にこれは君を軽視してるとか、そういうんじゃないんだ。引っ込めって言ってる時点で、自家撞着なのかもしれないけど。でも今はとにかく聞いてくれ。今回ばかりは君に苦い経験をさせるわけにはいかない」
「『人間なら』って……!?」
 思わず、アシエは声を荒げた。しかし今度のそれは怒りからくるものではない。
 リコスは言った。相手が『人間なら』、と。ならば、人間以外の何かに狙われているとでも言うのだろうか。かといってそれがもしも愚者ならば、こんな大勢が群れる街中に入り込めば直ぐに駆除される筈なのだ。
 ならば――一体、この見えない敵は何だというのだろうか?人間でもなく、愚者でもない。そんな生物、アシエは皆目見当が付かなかった。

「外見は人間だとしても、身体能力は人間の非じゃ無い。まさか、君が掛かっていっても焼け石に水だ」
「何ですって!?だったら貴方はどうなの?勝てる自身がある訳……」
 だがその言葉は途中で終わらせられることを余儀なくさせられた。突然、リコスの纏っていた雰囲気が数段と鋭くなったからだ。
 そして。
「――来る」
 その言葉は突然告げられた。そして、同じく上から落下してきた人影の攻撃にも唐突すぎて、アシエは反応することが出来なかった。

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