小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

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「君、今俺を化け物だとか思ったろ?」
「い、いや。思ってない。全然」
 意思を見透かされたことで、危うくアシエは蹈鞴を踏み、転びそうになった――がどうにか持ち直し、全形姿勢でバランスを立て直す。

 ……と。
「待て、リコス」
 蹈鞴を踏んだ所為で僅かに先行していたリコスの前に、突如として先の敵が落下して来た。まさか、全速力で走っていたはずなのに。
「ちっ……案外しつこいね、君ら」
 立ち止ることを余儀なくされたリコスは――無論、後が痞えてアシエも立ち止らざる終えなかったが――舌を打つと、余裕の無い笑みを湛えた。すると間を空けずに、もう1人の敵がアシエの真後ろに飛び降りてくる。
「まずいわね……」
 問題なのは戦況でなく、地理的状況が不利になってしまったことだった。
 何と言ってもこの通路は狭く、人が2人通れる程の隙間しか広げられては居ない。その僅かな間を縫って脱出しようにも、それは敵が決して許してはくれないだろうし、挟み撃ちになっているのはこちらの方である。
「どうしても君達は俺の話を聞く気は無いのかな?全く、これだから俺は君たちを大嫌いなんだよ」
 いつもどおりの不満を吐くと、彼は腰と腿のホルダーからそれぞれリボルバーとオートピストル型の結晶器を取り出した。彼の意思を確認すると、アシエも武器を構える。
 常識から脱した存在と戦うことになる――そう考えるだけで不安を覚えたが、僅かな隙でも見せようものなら、敵は容赦なく死の矛先を向けてくるに違いない。だからこそ、気圧されるわけには行かないのだ。
「貴方達が何者かは知らないけど……もしも敵対するっていうなら、容赦はしないわ」
 飽く迄も、アシエは気を強く持って背後の敵を睥睨した。不気味な襤褸切れから覗く、漆黒の空間には酷い虚無感が漂っている。
 こんな不気味な存在と戦って勝てるかどうかは微妙なところではあったが、かといって引くわけにも行かない。少女は、恐怖に慄く足を叱咤し、徐々に距離を図り始めていたのだが――

「悪いけど、この娘だけは逃がしてくれないかな」

――それは、意外にも彼の声によって制止することとなった。
「な……リコス!貴方、何言って……」
「いいから。俺から頼む、アシエだけは見逃してやってくれ。……後は、2人一緒に遊んでやるからさ」
 そう言うリコスの瞳には、強烈な敵対の炎が滾っていた。
 だが、言葉だけには真の重みがある。覚悟と勇気、否、懇願。彼は真に自分を逃がそうと、彼らに懇願しているのだ。
「ちょっと、止めて!私にだって戦う勇気くらい――」
「――勇気とか、そういうのは違う。この戦いにおいて最も重要なのは、『強さ』なんだ。君が弱いとは言わないけど、今は黙って逃げてくれないか?」
 戦うつもりだった意思を、だがそう言い咎められて、アシエは言葉に詰まった。
「で、でも……私は……私だって……」

 リコスは、最も必要なのは『強さ』だと言った。そして、『黙って逃げろ』とも。
 きっと、彼が今信じているのは自らの力のみなのだ。だが、それは力に酔っている訳ではなく――冷静に判断を下した結果、『アシエ・ランスは使い物にならない』という結果が出ているのだろう。
 その結果は、アシエにとって不満以外の何も齎しはしなかった。例え弱いとは言わない、と補足されていたとしても、それは直訳すれば、『弱い』と言われているのと同じなのだ。
「私は……私は……」
 握った結晶器が、体の震えと呼応してカタカタと音を立てる。心を移す鏡のように、それは怒りを孕んだ分身のように。
 何故、会ったばかりの得体も知れない人間に、自分を否定されなければならないのか?弱いとまで罵られ、黙っているわけにはいかない。
 それは、アシエ・ランスという気高い少女の名において、絶対に許せないことであったが故に。

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