小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

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「弱く無いッ!」
 アシエは、随想のままに結晶器のトリガーを速連射した。ろくに狙いも定まっていない状態で打ち出された弾丸は、だが敵の回避の前には無力だった。
 上に、下に、左右にブレ続ける弾丸の嵐を、敵は全く無駄の無い俊敏な動きで次々にかわしていく。まるで、こちらの攻撃全てを最初から見切っているような動きに、ようやくアシエはこの行為が『無駄』だということを理解した。
――無駄だ。今指を動かすのに使った脳も、結晶放射の残量も、筋肉も、そして怒りの感情でさえも。全てが徒労に過ぎないのだ。
「何やってるんだ!アシエ!」
 響くリコスの声。気が付くと、既に弾丸は枯れていた。チャージしておいた結集放射の残量が、既に発射に要求される量を下回ってしまっている。元々大型経口に改造されたオート・ピストルの結晶器は燃費が悪いのにも関わらず、乱射すれば僅か数秒で燃料が切れる事は自分が一番良く分かっていたはずなのに。
「しまっ――」
 気付いた時には遅かった。先ほどまで冷静に回避を繰り返していた敵は――何時の間にか、銀色のボディにぽっかりと空いた、漆黒の覗く銃口を向けている。既にトリガーには指が掛けられている為、発射には1秒と掛からない筈だった。
 死――恐れてきたものが、今目の前に迫っている。
 あれだけ恐れてきた死も、直ぐ傍まで這い寄ると不思議に恐怖は感じなかった。ただ、このまま死ぬのか、という漠然とした思いだけが脳を支配する。
 敵の弾丸は空を貫き、容易く体を貫通していく。それが額なのか、或いは心臓なのかは不明だったが。
「アシエッ!」
 遠巻きに、リコスの叫びが鼓膜を打った。だがそれも遠い世界での出来事。アシエ・ランスという少女は死んだ――目を閉じ、僅か1秒後に訪れるであろう死を少女は待った。



 そして、乾いた空気に、爆ぜるような銃声が鳴り響いた。死の訪れを告げる、軽快な音が。


途端、途轍もない衝撃が襲った。声を上げる暇すらなく、地面に背中を打ち付けられて、アシエは思わず咳き込む。
 きっと、銃弾が急所をずれたのだろう。狙うならもっと的確に狙えばいいものを――と、少女は思わず文句でも言ってやろうと目を開ける。
「……?」
 が、目を開けたはずなのに、飛び込んできた色は『漆黒』の一色だけだった。何の色彩も無い、ただの黒。
 しかしそれが暗闇ではなく、リコスの背だと気付いたのは――数瞬の間を置き、彼の背中から大量の血があふれ出した途端だった。
「リコ……ス……――ッ!」
 視認するのと同時に崩れてきたその体を、咄嗟に飛び起きてアシエは宙で抱きかかえるように受け止める。リコスの漆黒の髪がふわりと一瞬だけ揺れ、彼は口から少量の血を吐き出した。
 元々得意だったことが幸いしたのか、この時の状況把握に時間はそう掛からなかった。凄まじい速度で脳の思考が駆動し、一瞬一瞬の情景を紡いでいく。
 そして、導き出された答えは――余りにも酷い答えだった。一瞬で血の気が引いていくのを如実に感じながらも、アシエは抱えたリコスの傷口に手を当てた。傷が貫通しているためか、それでも止め処なくあふれ出す真紅の液体は流れ続けている。

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