小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

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――彼は守ったのだ。アシエを死と言う現実から、自己犠牲を出すことによって。
 先刻感じた衝撃は、貫通した結晶放射の弾丸に当たらない位置まで体勢を落とさせるために、リコスがアシエを突き飛ばしたことによるもの。
 そして結果、彼は重度の致命傷を負ってしまった。結晶放射で生成された濃度の高い弾丸は、傷口から体内器官を腐食していくという付加効果を持つ。傷の位置からして当たったのは胃の辺りだろうか。つまり、今そこから腐食が始まっているという事だ。
 身体構造の都合上、決して早いとは言えない速度での進行だろうが――丸1日放置しておけば、簡単に死に至ってしまうだろう。否、その前に出血多量で命を落とすだろうか。
 いずれにせよ、このままの状態では存命の余地など無きに等しい。

「何……やってるんだい?小隊長さん……駄目じゃない……か、ぼーっとしちゃ」
 鮮血に塗れ、震える口唇は弱々しい言葉しか紡ぎ出しはしない。しかしそれでも、リコスはたどたどしい、震える手で自分の手を差し出してきた。
「ごめん……なさい……私……!」
 アシエは、その手を握ることしか出来なかった。謝りたくとも、言葉での謝罪など所詮は軽いものなのだ。簡単に許しを乞える筈も無い。
 その間、敵の2人は始終を見守っていた。まるで動かず、人形のように暗闇の顔を此方に向け、傍観していたが――暫しの沈黙が場を支配すると、さっさと何処かへと消えてしまった。恐らく、彼らはリコスだけを狙いに来た暗殺者のようなものだろうし、この傷を致命傷と判断したならば、最早此処に用は無いと言ったところなのだろう。
「っ……はは、惨めなところを見せてるね、俺」
 彼らが立ち去った後をただ呆然と見詰め、消えてしまいそうな声で、リコスはいつもの冗談を呟く。唇が僅かにでも動くたび、血に濡れたそれが光を反射して光る。
「喋っちゃ駄目!私が負ぶってベースまで連れて帰るから……帰ればきっと、直してくれるから……!」
 それはもう、『希望』とか『懇願』といったものに限りなく近い言葉の羅列だった。1つ1つが意味を持っているように思えて、だがその中身は虚空でしかない。何せそれは、『他人への期待』でしかないのだから。
 だが、それでもアシエは血まみれのリコスを背負い、必死で駆け出した。薄暗い路地を抜け、やがて表通りに達したとき、すれ違う通行人という通行人が叫び声を上げるのも無視しながら、風を切り、ただひたすらに駆ける。
 思うことは唯1つ。背中に背負う彼が、力尽きないかという懸念だけ。さきの戦いでの肉体的疲労も、額を濡らす流動性の汗も気にはならない。
 蹈鞴を踏んで転びそうになっても、止まりはしない。止まってしまえば、もう手遅れになってしまう気がして。

少女は、ただ走った。ひたすらに、ひたすらに。強い自責の念に囚われながらも。

そして何より、青年が助かることを願いながらも――アシエは、疲れなど知らずに夕焼けの空間を駆け抜けた。

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