小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>






崩壊世界の黙示録/01……荒廃した世界……











 第7区≪ティファレト≫の、廃墟と化したビルの一室。硝子の無い窓から見えるのは、無限に広がる大空。それはまるで血の入ったバケツをひっくり返したような、至極不気味な赤色をしている。太陽が地平線の彼方へと傾いているところを見るに、きっともう夜が近いのだ。

 そんな真紅を背景にして佇むのは、既に崩壊する寸前となった巨大な塔。天を貫くように屹立するそれは、かつてこの一帯が非常に栄えた都市であったことを示している。数世紀前までの此処はきっと活気に満ち溢れていて、数多くの人類が生活していたのだろう。
――けれども、今その繁栄は無きものとなってしまっていた。その繁栄を築き上げた自分達が招いた≪ハルマゲドン≫という破滅によって。

(トウキョウ、か)
 何百年もの間を風雨に晒され、崩壊寸前に成り果てた建造群を望む小さな瓦礫の山の上。少女は、すぅっと駆けて行く放射物質に侵された風を、腰まで伸ばしたその青い髪に受けながらも、あることを思い出していた。かつて此処は≪ニホン≫と呼ばれていたらしいということ、そして目の前に佇んでいるあの 巨大な塔は、その首都の象徴だったということ。恐らくは沢山の人間で埋め尽くされていたのであろう都市には、最早人の影は見当たらない。
 
 その時、ザザザっという耳障りな音が鼓膜を震わせた。半ば鬱陶しい気持ちになりながらも、少女は耳掛けの通信機に手を伸ばす。
『こちらパルト。どうかな、聞こえる?』
 少女の流れるような髪を除け、耳に装着された小型の通信機から聞こえてきたのは、少女よりも随分と若い少女の声だった。随分と聞きなれた声ではあるが、こうして誰も居ない空間で聞くと新鮮に感じる。
「こちらアシエ。感度良好」
 少女――アシエ・ランスは、殆ど何の感情起伏も無い声で、必要最低限な事だけをその潤った唇から吐き出した。そんな愛想の無さにも慣れているのか、パルトは、先程と変わらぬ気優しい口調で応える。
『オッケー。前みたいなことにならなくて良かったわ』
 『前』というのは、恐らくこの前の任務を指して使われたのだろう。
 あの時は確か持ってきていた通信機が故障し、基地に帰還するのが予定よりも1週間ほど遅れたのだ。実際、あれは相当辛かった。
 少女はそんな、憂鬱な事件の思い出を掘り起こされ、少し不機嫌になった様子で口を開く。

「そんな事は今関係ないでしょ。それより、任務のサポートをお願い」
『わ、わかった。じゃあ説明するわね…………――』
 それ以降、アシエは自らの口を一切開くことなく、耳元から雑音と共に聞こえてくる少女の声に耳を傾け続けた。その間にも夕日は刻々とその姿を地平線の彼方へと沈ませていく。まるでこの世界に、別れを告げるかのように。
 その光景を見ながら、通信機から聞こえてくる仲間の声に耳を傾けながら、アシエは心の内で憂鬱の息を吐いた。
(現にもう別れは告げられた、か)
――言葉通り、この世界は既に一度滅んでいる。否、滅んだに近い……というべきだろうか。
 現在から数世紀も前の話。後に≪ハルマゲドン≫と呼ばれる、人類の核兵器による全面戦争によって。
 その折、核兵器に含まれる放射能という汚染物質はこの『地球』という星の中を汚しつくした。生物の体内を汚染し、死に至らしめるという災厄を。
 
 しかしこの際、人類を予期せぬ事体が襲った。何発もの核兵器が撒き散らした多量の放射能が、遂に進化を遂げたのだ。

-2-
Copyright ©むぎこ All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える