小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

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――呼称≪結晶放射(レジスタフティ)≫。それが、脅威性を増して登場した、『物質』だった。
 ≪結晶放射≫は、限りなく気体に近い『物質』である。進化の理由は、元々蓄積されていた多量の放射能が遂には分子以上のレベルで結合し、空気中でミクロ以下の結晶と化したと言われている。
 大気に含まれる酸素や二酸化炭素と丁度同等程の重量を持ち、無色透明で宙を無数に彷徨っているそれは、自分たちにとって毒でしかない――が、今この星に存在している、さしずめ≪新人類≫は、滅びを感じた旧人類によって肉体改造を施された少数派の子孫である為、それを体内で無効化、様々な方法で空気中に排出する働きを持つことに成功していた。
 その為病気にかかり、免疫力を極端に下げなければさほど脅威でも無し、寧ろ新人類はこの結晶放射を利用した生活を身に付けていた程だったのだ。

「いいわ、どうやら向こうからお出ましみたい。『飛んで火に居る夏の虫』っていうのは、このことね」
『え?な、なにが――……』
 アシエは呟くと、無理矢理に通信回線を切断した。ぶつり、という耳障りな音共にパルトの声も雑音も一切が聞こえなくなる。
 パルトの可愛らしい声が聞こえなくなって代わりに耳に入ってきたのは、凶悪極まりない複数の声。互いを奮い立たせるような音を上げ、カチカチと歯を鳴らす。
 この数世紀の間に結晶放射に適合化し、独自発達を遂げた地球生物――≪愚者(アレフ)≫。それが今、少女の背後で唸り声を上げているのだ。

 少女は咄嗟に振り向くと、その遠心力を利用して、袖の内に潜ませてあったレールから大型経口式のマグナム≪結晶器(クリストロファー)≫を手中に滑り込ませた。所謂、『スリーブガン』と呼ばれている方式。
 既に結晶放射の充填は済ませており、残存燃料は有り余っている。
「そこっ!」
 アシエは、不意に死角から飛び掛ってきた1匹の愚者の顎部を、合金仕込みの安全靴によるサマーソルトで蹴り抜く。見事に頭部は頚椎から砕け、首のみを宙に吹飛ばした。
 どれだけ敵が掛かってこようと、恐るべき判断能力で、表情すら動かすことなくアシエはただ、宿命だと言わんばかりに結晶器のトリガーを引き続ける。 空気中に存在している結晶放射を集束させて発射し、風よりも早い攻撃で射抜く。近付いてきた敵には、容赦なく得意の格闘術を叩き込んで崩していた。
 屍になって転がっている物、殺意を持ってこちらに攻撃してくる物。合計数10程。本来愚者は同じ種族であっても群れを作ることは無いのだが、この時期――繁殖期を迎えると、愚者達は互いに群れを組み、その中で繁殖相手を探す。
 今相手にしているのは、毛むくじゃらの全身に、鋭く研ぎ澄まされた長い爪。原型的には、『イヌ科』といった感じの相貌。所々に進化前の名残が残ってはいるものの、大きさといい声といい、やはり過去のものとは何もかもが違う。名称は正確に定められていない。
「これで……終わり」
 やや無機的に呟くと、最後に残っていた比較的小さな愚者を、結晶器で打ち抜いた。その容赦無き攻撃に、断末魔を上げる間も無く愚者はその場で絶命する。
 今や彼女の周りに転がっているのは、色鮮やかな真っ赤な体液の絨毯と、屍の山だけと化していた。今になって血生臭い悪臭が意識に影響を及ぼし始め、気分が悪くなったアシエは、踵を返してその場から早々に歩き出す。
 それから先程から強制切断モードに移行されていた通信機に手を伸ばした。同時に雑音がざざざっと鳴り、先程と同じくパルトの声が――唯一違っていたとするなら、パルトの声色が怒りに満ちていたということだったが――鼓膜を揺らし始める。
『ちょっとアシエ!いきなり回線切断って何!?』
 金切り声で講義を上げるパルトに、やや無気力な声でアシエは応えた。
「ごめん、ちょっと立て込んでたの。任務の対象は殲滅完了、これから帰るね」
『いや、まぁ無事ならいいんだけど……そっちの状況がわからないと、こっちだって心配なのよ?……そうだ、あの時だって!』
 まだ何か言葉を紡ごうとした少女の声を、アシエが無理矢理に遮る形で言葉を割り込ませる。
「いちいち触れないで。これから帰るって言ったでしょ、美味しいご飯でも作ってて……とは言っても、放射能に汚染されてちゃいい食材なんて滅多と手に入るもんじゃ無いでしょうけど」
『了解。でも、帰るまでが任務だからね!油断してたら駄目だよ!』
「はいはい、旧人類の言い回しは聞き飽きたわよ」
 言って、今度は通常通り回線を切断する。頭上に広がる景色を見やると、そこには藍色の闇がただあるのみだった。
 夜の訪れだった。昔は太陽が死んでしまったのではないかと思って、大泣きしたものだ。今でも一瞬冷やりとすることすらある。本当に太陽が死んでしまったらどうしようかな、と。
 誰だってこんな闇の中を長時間歩き回るのは御免だ。此処に来るのに利用した二輪バイクを近辺に駐車していて良かった――安堵の息を吐きつつも、アシエは帰路を辿ろうとした。

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