小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

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「……死ぬのか死なないのか。死にたいんだったら、邪魔はしないよ」
「は、はい!行きます!」
「じゃあ絶対前にも後ろにも出ないで、横に居るんだ。分かったね」
 看護婦が首を縦に振り、諾意を示す。表情からして明らかに焦っているようだったが、現状では落ち着かせてやることも出来ないだろう。
 それよりも懸念すべき問題は、廊下に幾数転がっているであろう様々な『亡骸』を見て精神崩壊を起こさないかどうか、ということだ。仮にも看護婦というくらいなのだから、早々グロテスクな光景には慣れていて欲しいが――リコスはそんな事を思いつつ、気を張って引き戸を開けた。
 まず、半開きにした扉の内側に背中を密着させ、頭部だけを外へ出して廊下の左右を確認する。
 予想していたよりも、廊下に広がる惨状はずっと軽めのものだった。壁などに血は付着しているものの、亡骸は殆ど見当たらない。
 愚者の姿も無かった。思わず飛び回っているものかと警戒していたのだが、どうやら大丈夫そうだ。
「来るんだ。行くよ、ナースルームは……っと、どうやらその必要性は無さそうかな」
「?え、ちょ!」
――2人が扉を潜るのと同時に、右側の通路の壁に並んでいる扉の1つから、銃声、断末魔と共に何か鋭敏なものが飛び出してきた。ろくな戦闘訓練も積んでいない普通の人間ならば、余りの速度に何が何だか分からなかった事だろうが、長き時に渡って鍛え上げられたリコスの洞察力溢れる双眸は、はっきりとその正体を目に焼き付ける。
――竜人愚者、『グラゴネイル』。全身の皮膚が非常に硬質な鱗で生成されており、その手に生え揃った鋭利な鉤爪。危険度はトップクラスに位置する程であり、機関でも腕利きの者以外は狩る事が出来ないと言われる愚者の1匹だった。
「何でコイツがこんな街の中央部に居るんだ……ッ!?」
 扉から出て来たグラゴネイルは、どうやら瞬時に此方の存在に気付いているようだった。人間とは比べ物にならない発達具合の膂力を利用し、筋肉をバネにして石畳の上を滑空に近い速度で向かってくる。
 リコスは相手得意の鉤爪が繰り出される前に、右足で横へサイドステップを踏み、半身を傾けて鋏の片割れを一閃、迎撃した。
「やっぱり堅いか」
 だがやはりともいうべきか、竜人を覆う硬質な鱗は斬撃に滅法強いようで、切り裂こうとした此方の鋏が半ばからへし折れている。
 リコスが嘆息に暮れる間にも、グラゴネイルは足の鉤爪を地面に接地、火花を散らして急ターンを掛けていた。
「どどど、どうするんですかっ!攻撃が通じないなんて、他に手段は無いんですか!?」
 遂には看護婦がパニック状態に陥り、喚きたてる。
「落ち着くんだ。例え斬撃が不可能でも……」
 グラゴネイルがもう1度火花を散らし、2人目掛けて豪速の突進を仕掛けてくる。リコスは、その体勢に着目して脳内で簡単な戦闘シュミレーションを行った。
 そして、
「――相手にも骨はあるだろう」
 愚者が突っ込んでくる寸前、体勢を思い切り低く構え、脇に狙いを定める。
 そこからは一瞬の攻防だった。リコスは体をバネのように跳躍させ、グラゴネイルの左脇から肩にかけてを右腕でホールドする。
 それから、動きを止めた左腕に自らの左手を添え、同時に右足を相手の左踵後方部分に設置。一度だけ相手の腕に負担をかけない方向に体を反らせて、そこから一気に――
「はぁっ!」
――負担のある反対方向へと、身を捩る。幾ら硬質な鱗に身を包んでいるといえど、内側からの急激な間接の変化には対応出来る筈も無い。グラゴネイルの腕はあらぬ方向へと折れ曲がり、鱗からは折れた骨が突き出して辺りに鮮血を散らした。
 だが、それではトドメを刺せない。相手が断末魔を上げている間にリコスは腕に渾身の力を込めたストレートパンチを、竜人の腹部中央にねじ込んだ。例え直撃の感触が神経を奔り抜けても、今1度力を込めて全力で相手を吹飛ばす。
 リコスが繰り出した右腕を完全に伸ばしきった頃にはもう、グラゴネイルは断末魔すら上げることはなくなっていた。ただぴくりとも動かず、床にひれ伏して白目を向いているだけだ。
「え、えっと……今、何を……」
 一瞬の出来事に何が起こったかも分からないらしい看護婦が、呆けた顔で状況把握を求める。
「まず、脇から肩にかけての動きを止めた。それから、肘関節の内側に手を当てて、次に踵を相手のに当てて抵抗を作る。それからゆっくりと相手の間接方向へ体を捻ってやり、柔らかくなった間接を今度は逆方向へ思い切り剥離させる。この時、さっき当ててた腕、踵に力を込めて抵抗を作ってやらないと駄目だ。それから手は、関節方向と逆に力を込めてやる。――そうすれば、勝手に腕の骨は折れてるさ。トドメはインパクトナックル……って俺は言ってるけど、とにかく外部よりも内部に衝撃を与える拳法を使って、臓器を破壊した、それだけ」

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