小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

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「そ、それだけって……さっきのは全部合わせても1秒くらいしかありませんでしたし……それに、何を言っているのかもさっぱり……」
「まぁ僕が思うに、何を言っているのかは永遠に理解できなくても問題は無いと思うよ。でも、体の仕組みくらいは医療に携わる身として分かっておいた方がいいかもね。……行くよ」
 リコスは愚者の亡骸にも一切目を暮れず、踵を返して歩き出した。向かう先は先刻グラゴネイルが飛び出してきたあの部屋――銃声が響いた部屋である。
「あ、ちょっと」
「さっき、此処で人が死んだ。銃声が鳴った、っていうことは此処に結晶器も落ちているハズだ。それを拾う」
 愚者が1匹居なくなっただけで、廊下は病院らしい静寂を取り戻していた。まさか襲撃してきたのがたったの1匹だけということは無いだろうが、響いている音と言えば軍靴の音、そして2人の喋り声だけである。
 まだ何処かには隠れているのだろうし、何処から出てくるかも分かったものではない。リコスは細心の注意を払いながらも、静寂の廊下を進んでいく。
 部屋の前にたどり着いたリコスは、立ち止まって看護婦に制止の手を掲げた。「見張っておいて」と適当な誤魔化し文句を吐き、部屋に踏み入る。落ち着きからして1手術にすら携わったことの無いであろう一般看護婦に、死人の――しかも特別凄惨な状態を見せるわけにはいかない。
(――ボルトアクション式か、随分と珍しい銃だな)
 足を踏み入れたリコスは、案の定転がっていた凄惨な死体を慣れた目で見つめながらも、その屍が握るライフル型の結晶器――一世代前に実装されていた、旧式のボルトアクションライフル――を手に取り、ボルトハンドルの調子を確かめる。先端に球体が付いたそれを人差し指で引き上げ、それを握って手前へ引くと、弾丸を装填した証拠である「カチッ」という音を響かせた。問題なく結晶放射を吸収、固形化して弾丸へ変えられる点を考えると、どうやら故障はしていないらしい。
「しかし……よくもこんな旧式を平気で武装させるね、この病院は。本当に警備する気があるのかないのか……」
 この旧式結晶器、ボルトアクション・ライフルの利点は、1撃1撃の威力・貫通力が共に秀でている事だ――が、残されていた不安ととして上げられる要素は、単発のみの発射、あまつさえ手作業装填しなければならないということだろう。
「……どうですか?使えそうです?」
 開きっぱなしの入り口方面から、さぞ不安そうな震えを帯びた彼女の声が響いてくる。リコスは亡骸の腰当てごと雑にサバイバルナイフを抜きとると、扉に向かって踵を返した。
「ああ、うん。旧式ではあるけど、使えそうだ。ほら、君はこれでも持ってて、いつかは使うときが来るかもしれないし」
「え?あ、ひゃっ」
 抜き取ったナイフを、そのまま看護婦に投げる。彼女は慌てた様子でそれを掴み、暫く両手で揉むように弄んでいたが、やがてそれが手中に収まると深く息を吐いた。

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