小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

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 其処に立っていたのは、予想外の人物達だった。
「散開して、各個愚者と応戦!現状を維持したまま増援が来るまで警戒戦闘を続行!私とティラはこいつを片付ける!」
「……アシエ!?」
――白銀のオートマチック・ピストルを手に、部下らしき影と突貫してくる勇ましい人物。蒼穹の髪を揺らす『彼女』は、あの小隊長、アシエ・ランスだった。後続に一際目立つ巨躯な男が1人、物珍しい大型ボルトアックスの結晶器を『片手』で背負いながら追従している。まだ会ったことは無かったが、恐らく彼もまた、小隊の一員なのだろう。
「珍しく余裕の無い顔ね……お目覚めの気分はどうかしら、眠り姫?」
 アシエは拳銃を構えたままリコスの隣に立つと、端麗な顔に微笑を浮かべて皮肉を口走った。その強気な語調は、眠りに着く前のあの弱々しさと正反対だった。
「……最悪だよ。これだから、俺はこの世界が嫌いなんだ」
 その笑みを見ているだけで、何故かリコスは普段どおりの余裕を取り戻すことが出来た。常套句を口にし、床に落ちてしまっていたライフルを拾い上げて再び構えなおす。
「おいおい……嘘だろ」
 アシエの隣で、先ほどの男が冷や汗と苦笑いを浮かべ、心臓を貫かれた――否、『ある筈の場所』を打ち抜かれたメンダークスがゆらゆらと起き上がる光景を見ていた。何の知識も無い人間があの様を見れば、この反応は常識であり一般的なものだ。寧ろ、アシエ・ランスという1人の人間が、今の光景で表情を歪めていないのが可笑しな位だったのだから。
「へぇ、驚かないんだね小隊長」
「機関長から色々と聞かされてるわ。それに、あなたが眠ってる1ヶ月間の間、毎日を暇に生きてたわけじゃないの」
「それはご立派な事で」
「……相変わらず口だけは達者ね」
 以前と同じ様な皮肉の応酬が繰り広げられる中で、メンダークスが完全に起き上がる。顔つきは倒れる前と一変しており、鼻の高さや目の位置、口元の歪みまでもが微妙に違っている。――血走った蜥蜴のような眼で、此方を睥睨していることだけは相変わらずだったが。

「おいおい、どういう……顔が変わってるぞ」
 男がさらに驚愕に囚われた様子で、苦笑の皺を今までよりも深く刻む。
「彼女――メンダークスは、≪黄金の夜明け団≫という種族の1人だ。その中でもあいつは特異で、人を『喰う』。そして、喰ったその人間の細胞遺伝子、形質を再現し、自らの体に僅かな時間だけ反映する事が出来る能力を持つのさ。さっきまでのは、差し詰めこの医院に居た看護婦でも喰らって手に入れた姿だろう。あぁ、あとついでに臓器の位置まで変幻自在みたいだ。便利だね」
 メンダークスは、血走った眼をリコスでは無く、アシエ唯1人にのみ向けていた。しきりに指の関節を折り曲げ、骨を鳴らして調子を確かめている。おまけに舌なめずりまでして見せるのだから、アシエがむっとした表情を浮かべるのも納得の一言だ。
「君が、リコスの言ってた美味しそうな娘かぁ……うん、確かに美味しそうだ。その艶やかな肌と言い、凛とした目といい……絶妙な膨らみ具合の胸だって……!」
 血交じりの唾液を垂らして哂うメンダークスは、最早『奇怪』や『狂気』など、言葉の範疇には収まりきりそうも無かった。完全に理性と言う人間の感情を取っ払った彼女の心は、今やもう爆発寸前に迫っている。
「……このド変態。何言ったのよ」
 両手で上半身を押さえながら、若干顔面を紅潮させてアシエは苛立ち加減に言った。『ド変態』とまで言われる様な物言いをした覚えは無かったが、身代わりに上げたのは事実である。
「こればかりは御免。いや、まさかこんなに早く対面する事になるなんて予想してなかったから、さ。……ちょっと、視線だけでもう俺殺されそうだから止めてくれないかな」
 あっさりと罪を認めるリコスに、少女は格別な睥睨を送っていた。暫く『どうしてやろうか』という表情を浮かべる彼女の前で、青年は笑うしかない。
――が、
「おーい、処遇決めんのは後にしてくれや。……来るぞ」
 それは、ティラの一言で突然と始まった。

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