小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

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 それは、ティラの一言で突然と始められた。
「いただきまぁーすっ!」
 メンダークスが、一瞬にして互いの空間を埋めるダッシュを仕掛けて来る。右手には逆手に握られたナイフ、左手は手刀を形取っていた。
 通常、普通の人間には手刀などという芸当は不可能なのだが――生憎、彼女は夜明け団の1人。手刀でたかだか筋肉の一枚壁を突破するなど、造作もないことなのである。
「誰があなたになんて食われるものですか……!それなら舌噛み切って死ぬわよ」
 真っ先に狙われたのは、予想通りとも言うべきアシエだった。まず彼女は飛んできた手刀を身動ぎ1つで回避し、次のナイフ攻撃を自分の結晶器で受け止める。たかだか警備用のナイフと特注質の結晶器では硬度そのものが違うのか、メンダークスのナイフは火花を散らすと共に僅かながらの金属片を散らす。
「この……くたばりぞこないっ!」
 次にアシエは、空いている右手の甲で相手の首筋を打ち、怯ませたところを拳銃結晶器の持ち手裏で額を殴打した。続け様にわき腹へ得意の一蹴を掛け、ついでと言わんばかりに拳を頚椎目掛けて突き出す。
「ヒャハハァッ!大歓迎ぃ!」
 拳は意外なほどあっさりと回避され、メンダークスは狂気の笑いを上げた。
 だが、彼女の着地地点には――。
「よぉ」
――あの大男が、ボルトアックスを展開状態で構えて立っていた。
「ちっ……手前は美味くなさそうなんだよぉ、この脳筋野郎がぁっ!」
 それが振り下ろされ、地面がものの見事粉々に粉砕される前に、メンダークスは宙を舞う。その瞬間を狙い、粉砕された石畳の欠片に視界を邪魔されながらも、リコスはライフルを構えた。
「……多勢に無勢だよ、君」
 吐き捨てて、引き金を引く。ライフルの反動が肩を揺らすのと同時に、銃口からは火花と共に結晶放射の弾丸が空を切った。微塵の迷いも感じさせぬ、真っ直ぐな軌道で目標へと向かい、そして、
「あぁぁぁッ!」
 確実に目標――メンダークスの眉間を打ち抜くことに成功した。着地姿勢を崩された体は、受身を取ることもままならずに地面へと突き落とされる。
 しかし地に伏せる血塗れの彼女はまだ生きていた。恐らくは弾丸が直撃する前に脳を萎縮させ、ある筈の場所からそれを除外していたのだろう。
 通常、結晶放射で生成された弾丸は受けるだけでも強い毒性を体内に残す事となる。それが心臓付近なのであれば心臓付近から毒が回り、脳ならば脳付近から確実に全身を蝕んでいく。
 そしてメンダークスは、その両者の弾痕を残していた。眉間に受けた傷、心臓を貫かれた傷。他にも打ち抜かれている箇所は幾つかある。
 普通の人間ならば、この毒にやられて死に至る筈だ。そう、『普通の人間ならば』の話だが。
「全く、どうやったら死ぬんだい?黄金の夜明け団っていうのはさ」
 リコスは鬱陶しげに吐き捨て、床に落ちていたメンダークスのナイフを拾い上げた。刃こぼれはしているものの、それが都合のいい事に返しのような碇形になり、殺傷性は落ちているものの苦痛を与える上では特化しているように思えた。

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