小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

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 が、


「逃げんなぁぁぁぁッ!」
――え?
 誰かの叫び声と共に世界が揺れて、アシエの足は自然と止まった。突然目の前に土煙が発生し、見る見るうちにその範囲を拡大させていく。
 細かい砂埃が口や目に入らぬよう、片腕で顔面を覆う。ここまでの衝撃を起こせる物は一体何なのか、考えて幾つかの憶測を思索の海から見出す。
 大砲か、或いは爆弾か?少なくともあれだけの破壊力だ、結晶器を使っての芸当ではあるまい。
 そうは思ったのだが、数秒の後に目の前に転がっていたものを見て――アシエは思わず呟くこととなった。
「なに……これ?」
 薄緑の羽、ざらざらとした甲殻に覆われた巨躯。備え付けられた巨大な鎌は、捉えたものを一瞬で両断出来ると思うほどに鋭利である。凶暴と有名名高い愚者の一種であるこの蟷螂愚者は、普段ならば畏怖を抱くほどの対象だった。
……だがしかし、もうその巨躯が動く事は無いだろう。永久に。

 さらにその時、

「――これだから俺は世界を大嫌いなんだよ」
「なっ!」
 突然耳元で声がして、アシエは思わず後ろへ大きく跳び退った。気配すら感じなかった為に、少し無理な体勢での着地となってしまった。
 そこで改めてアシエは男の姿を視認した。慎重は自分よりも少し高いくらい、この闇に溶けてしまいそうな漆黒のロングコートに身を包み、髪も同じく漆黒の色をしている。男の表情にはやや欺瞞染みた笑みが張り付いており、印象的には優しそうではあったが、堅気の人間とは違うオーラを纏っていた。
 
 だがどうやら、先刻空気を割るように響いてきたあの叫びの主とは違う男のようだ。声といい雰囲気といい、判断材料は山ほどあった。
「おや、驚かせたかな。悪いね」
 男はこちらに歩み寄ってくるなり、いきなり手を差し出した。
「俺はリコス・エデンだ。ちょっと色々あって追われてるんだけど――悪魔にね。いや、魔人って言うか……まぁ、とりあえずは君を迎えにきた白馬の王子様だとでも思ってくれれば良いよ、宜しく。あんなのがいるから世界は平和にならないんだ」
「私を迎えに……って、あなた一体何処の星から来たの?出会い頭に自己紹介を始めるわ、意味の分からないことを言い出すわ、『常識』って知ってる?」
 アシエは迷わず差し出されたその手を払いのけた。いきなり見知らぬ男に握手を求められても、それに応じる義務は無い。というより、普通は疑って掛かるのが『常識』である。
 しかし目の前の男――どちらかといえば青年だったが――は、その『常識』という概念においてを丸ごと欠落させているらしい。良く言っても『常識知らず』、悪く言うなら『変態』だった。
「やだなぁ、心外だ。俺はれっきとした≪機関≫からの使者だよ?ほら、この通り証明出来るもんだって持ってるし」
 青年、リコス・エデンはそう言うと、大袈裟に両手を広げて胸の辺りに付けているバッジの存在を誇張した。成る程、確かに≪王国機関≫が使用しているバッジであり、アシエの胸元にも付いているものと同じではある。
「……証拠はあるけど、それが誰かから奪ったものでないっていう保証はある?」
「これでどうかな?」
 リコスが一呼吸すると、胸に付けたバッジが紫色の閃光を放った。閃光は一筋の光となり、それは空中で糸が絵を描くように折り合って行き、宙に小さなモニターを編み出す。≪王国機関≫が独自に持つ技術を使用した、主に人物確認に用いられる特殊な結晶器の1つだ。
宙に浮いた光のモニターと睨めっこしながら、アシエはそれを音読した。
「リコス・エデン……王国機関、第1小隊所属……!?」
 そこまで読めば充分だった。ここに記載されている『第1小隊』とは、他ならぬアシエ・ランスが小隊長を務める小隊なのだ。大規模隊でも無いので、隊員の顔名前は全て記憶している。
 だが、この様な人間は存在しない。近頃入隊した、という報告も受けていない。

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