小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

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「幾ら夜明け団といえども、脳か心臓を負傷させれば殺せるんじゃないかしら。……それができなくても、出血多量、頭部損失、上下半身分離、火で炙って消し炭にする……色々と方法はあるじゃない」
「おいおい、アシエ……可愛い顔でそんな事言ってくれるなよ。恐いッたらありゃしない」
 大男が、柄にも無さそうに身震いしてアシエに畏怖の視線を送っている。
 確かにアシエが言った事の全ては、真実だ――夜明け団は、体内・体外共に強い毒性遮断率を誇る。その上筋肉は頑丈極まりないし、頭は切れるし四肢の動きはいちいち鋭敏である。
 だがそれが生き物である以上、『必要なもの』を破壊されればそこで活動は停止するのだ。脳や心臓が破損すればそこまでであり、体を動かす源である血液が不足しても、肉体を作る水分を完全に蒸発しても、骨にされてしまえば一貫の終わりな事に変わりは無い。

「流石に多勢に無勢だね……いいさ、今日のところは引いてあげるよ。僕としても、これだけ撃たれればもう満足だし。君を食べられなかったのは残念極まりないけど、名前は覚えたからね、また次の機会にでも味わわせてもらうよ――アシエ小隊長?」
 メンダークスはゆっくりとした動作で立ち上がると、一際不気味な笑みをアシエに送る。流石に自らの殺害方法を大っぴらに話し合っている人間に恐怖を覚えたのか、それとも唯単純に叶わないと悟ったのか。とにかく、彼女にはもう戦闘意思は存在していないようだった。
「へぇ、小隊長も敵前逃亡を許す程の器があったんだね、意外だ」
 踵を返して、肉体に受けたダメージ故かふら付きながらも去っていくメンダークスを、だがアシエは撃とうとしなかった。リコスはてっきり、問答無用で撃ちまくると踏んでいたのだが。
「あなた、まだ死にたくないでしょう」
「……全く、誰が悪魔だか」
 向けられた銃口から覗く漆黒に、リコスがそう吐き捨てる頃には既にメンダークスの姿は消え去っていた。

――その時、病院の外で何かが崩れ落ちる音がした。

「――何だ?」
 病院に瀰漫する幽寂の中では、その轟音に混じる人々の僅かな叫び声すらハッキリと耳を打つ。同時に何か巨大な『物』が振動するような低音も、それはまるで唸り声のように院内全体を揺らす。
「っ。リコス、時間が無いみたいだから急いで。あなたの装備は階上に保管されてるわ、ティラ、彼を案内してあげて」
 アシエは、その揺れが足元を襲った瞬間から纏う雰囲気を一変させた。舌を打ち、これ以上話すのも億劫だと言わんばかりの早口で旨を伝えると、さっさと何処かへ去っていく。その後には先刻従えていた何人かの部下らしき者達も続き、最後に残されたのはあの大男とリコス、ただ2人だけとなっていた。
 一体何が起こっているのか分からず、リコスは肩を竦めて首を傾げる。大男はそれを見て面倒臭そうに頭を掻くと、
「まぁ、あれだ。いきなり愚者の群れがこのマルクトを襲撃してきたんだよ。それも、知能が高くて面倒な愚者ばっかりだ。だからこそ、機関も総動員で戦場に駆り出されてる。ったく、折角の休暇だったってのに、面倒なことしてくれるよなぁ」
「……休暇返上で働く覚悟も無いのに、よく機関に居られるね。でもまぁ、この事件が起きる要因に心当たりが無いわけでもない」
「へぇ。と、言うと?」
「黄金の夜明け団は細胞変化によって進化した独自の生命体だ。俺も一度独力捜査を進めた事があるけど、その時に邪魔になった存在が居てね……そいつは女なんだけど、異常に高い知能を誇ってる。それに加えて、人に近いかそれ以上の知能を持つ愚者に、命令を下すことが出来る能力も持ち合わせてるんだよ。同一周波を愚者に信号として飛ばし、思考を感化させて操作する――そう、≪操術≫っていうのを使いこなしてる奴がね」
 バツが悪そうにリコスが顔を歪めて説明すると、ティラは感心したように手を打った。『なるほど、それでか』と1人で納得し、大らかな笑みを浮かべる。
 それで本当に分かったのか、それとも何となく分かったのか。それさえも分からない彼の表情や態度に、青年は呆れの息を吐き出した。
「まぁ、いいよ。……で、急ぐんじゃなかったっけ?」
「おお、そうだそうだ。じゃあ案内するからよ、迷子になんなよー」
 大男が堂々と廊下の真ん中を歩く姿を呆れた目で睨みつつも、リコスは彼の歩幅に合わせて歩き出した。

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