小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

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『小隊は各個で応戦、愚者を駆逐せよ。市民の避難を最優先事項に設定する。私からは以上だ、健闘を祈る』

 通信機からノイズ交じりに聞こえてくる機関長エニスの命令を思考回路に焼き付けながらも、アシエは火の海と化した街中を駆け抜ける。悄然とした街に広がる紅蓮の業火は、見る見るうちに酷くなっているように思われた。
「こちら第56号小隊隊長、アシエ・ランス。パルト・ネール、どうぞ」
 胸に携えられた機関紋章裏のボタンを弄り、回路を命令から補助へ変更すると、少女は焦燥溢れる声で応答を求めた。すると直ぐに通信機越しから少女の声が聞こえ始め、徐々に鮮明さを増していく。
『……こちらパルト。其処から北東へ200メートル先、分断された第41号小隊の生存者が戦闘中。北西3キロ先には竜が居るわ、飛び火に気をつけて。どうぞ』
 先刻から、第56号小隊の全員――否、恐らくこの街にいる全員だろうか――には、我が物顔で街を破壊しつくす『竜』の姿が目に映っていた。
 遠方から確認できる大きさだけでも、優に50メートル以上はあると思われる巨体が暴れ回るたび、付近の地面に地震のような衝撃が奔る。稀に吐く火炎放射が風に乗って街中にばら撒かれる所為で、街の中は地獄絵図と化していた。
「了解、小隊救援へ回る。詳細をリコスとティラにも音声で転送してあげて。以上、情報有り難う」
『了解、健闘を祈るわね』
 考えるまでも無く、自分たちがするべき事は見えていた。普通ならば、この騒ぎの主であるあの竜愚者を討伐・援護に回るのだろうが、生憎小隊規模の人員に於いて出来ることと言えばごく限られた事でしかない。援護すら碌なものは期待出来ないだろう。
 ともなれば、倫理性・確実性と合理性・安全性が勝る『救援』に向かうのが妥当な判断だ、とアシエは判断を下していた。

 通信機のノイズがぷつりと途切れる折、奇怪な金属音が空気に流れる。次に人影が幾つか見え始め、それとぶつかり合う対抗軍の姿も視認出来るようになってくると、アシエは即座に銃のスライドを動かし、弾倉から溜め込んだ結晶放射の弾丸を装填した。この作業さえ終えてしまえば、モデルがオートマチックの結晶器は、その結晶残量が尽きるまで何時まででも半自動に打ち続けることが可能となる。
「全員、戦闘体勢!」
 部下へ号令をかけると、アシエは走る速度を倍近くまで引き上げた。熱を帯びた空気が頬を掠め、蒼き長髪を乱雑に揺らしてかき上げる。
 愚者の反応は、いちいち鋭敏だ。第56号小隊が彼らの視界に入った瞬間から、愚者は既にターゲットを変更していた。交戦中の41号小隊の面々を無視し、まるで列を成すかのように猛進してくる。
 あの病院に徘徊していたのと同じ種類の愚者――グラゴネイルだった。
「面倒な相手ね……皆、出来る限り銃は使わないで!」
 グラゴネイルの皮膚は、硬質の鱗に覆われている。通常支給される結晶器の兵装では、この鱗の甲殻を突き破ってダメージを与えることは不可能に近い。
 だが、アシエの持っている.45口径の結晶器による攻撃ならば、グラゴネイルの硬質な鱗とは言えど貫通することが出来る。実際、アシエは任務で他の区画に赴いた際、彼らを相手にしたことがあった。

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