小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

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「小隊長!正気ですか!?結晶爆弾の有効爆破範囲をご存知でしょう!遠距離から投擲するならまだしも、こんな近距離で爆破させれば我々も木っ端微塵です!」
 隊員の1人が声を上げる。
「大丈夫、私を信じて。木っ端微塵になるのは、愚者だけ。……リコス!時間を稼いで!他の皆は列を形成、私の後ろに!」
 結晶爆弾爆破、結果自滅――アシエにはそうならないという1つの確信があった。だからこそ、脳内に描く作戦通りに指示を出す。
「何をするつもりですか?」
「昔パルトから、何かの役に立つかもって併用兵器を貰ったことがあったの。これも一種の爆弾なんだけど、これは威力を孕んでるわけじゃない。爆破させることで周囲の温度を一瞬だけ急激に冷まし、熱波をある程度防ぐことができる……あの子の言葉を信じるわ」
 そう言うと少女は、懐に手を突っ込んで1つの球体を取り出した。既に塗装の色は剥げ落ち、凹んでいる箇所も見受けられるそれを精一杯の力で握り締めて、浮上する不安を鎮めようと懸命に念じる。
「はい、アシエ。時間稼ぎ終わり」
「ひゃあっ」
 意識の中、突如リコスの声が振って来て、思わずアシエは素っ頓狂な声を上げた。我に返ると、目の前ではその反応を楽しんでいるのか、にこやかに微笑んで『結晶爆弾』を差し出す彼が居た。
「ちょっと、いつの間にそれ取ったのよ……」
 結晶爆弾は取り扱い方がそれな為に、一般兵士には支給されない。デモでも起こされようものならば、機関の基地ごと木っ端微塵にされかねないと懸念しての措置だ。
 だが、今目の前にいる青年はそれを持っている。小隊長でもそれ以上でも無いのに関わらず、それを笑顔で差し出している。そして少女のそれがある筈の懐は、手を入れて弄ってみても何1つ入ってはいない。
「いやぁ、さっき取ったんだけど。あれ、気づかなかった?」
「……盗難癖まであるとはね。後でみっちり御説教だわ。……でも、何だか決心が着いたから、それだけはありがとう」
 ゆっくりと話している暇は無い。リコスの手から結晶爆弾を受け取ると、アシエは1歩前に出た。すれ違う瞬間、耳元で彼が『頑張れ』と囁く。『ありがとう』と軽く返事を返すと、大きく息を吸い込んで、目の前に群がる悪魔たちを睥睨する。
――吸い込んだ空気が、胸を焦がす。一瞬のずれすら許され無いこの同時爆破の経験など、当然無いのだ。胸を焦がしているのは、或いは緊張という感情1つだったのかもしれない。

 雑念を消去しろ。アシエは懸命に、自分の意思にそう命じた。精密機械のような思考の回路が駆動し、命令を意識の中へと伝達する。
 それでも消えなければもう1度、何度も何度も。消えるまで命ずるのを止めない。
 そして遂にその命令に意思が従った時、既にアシエは2つの爆弾から留め金を引き抜いていた。
 タイミングがあったかどうかはわからない。けれども、賽は投げられたのだ。後戻りはできない。伸るか反るか――。

「くたばりなさい、この蜥蜴!」

 だから、アシエは2つの爆弾を同時に投げた。と同時に目の前が真っ白に染め上げられる。夜空に染みる月白のような穏やかな光ではない、攻撃的な香りを孕んで。
 空を劈くような甲高い悲鳴が響き、爆発の残響とともに消えていく。白い熱風の渦中にいるのは、果たして愚者なのか自分たちなのか。
「くぅっ……!」
 強烈な爆風に、アシエは思わず顔面の前を腕で覆う。浴びているだけで焼け焦げそうな熱風に咳き込みながらも、必死に腕で後ろを守るように立つ姿勢を保つ。
 後ろには、沢山の仲間がいる。自分を信じて従ってくれた、敬愛を示すべき仲間たちが。もしもここで倒れてしまえば、その仲間はどうなるか――それがわかっていたからこそ、少女は辛辣な痛みの欧州にも耐えようと踏ん張った。
「独りで頑張るのは無しだよ、小隊長」
 白い世界の中で、聴覚だけが彼の――リコスの存在を捉えた。背中に誰かの手が添えられ、吹き飛ばされそうだった体が固定される。
 彼の声音は、何時に無く真剣だった。例えば怒りとか、憎しみとか、形容するならばそういった言葉が当て嵌まったかも知れない。
 爆発は、どうやら収束を迎えようとしているようだった。灼熱だった爆風の威力は弱まり、尚且つこの白い世界も終焉を迎えようとしている。時間にしてみれば数秒の事だったのだろうが、アシエにはそれが限りない時間に思えていた。

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