小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

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「どうやって編集したの?」少女は落ち着いてはいるが、冷め切った口調で結晶器を突きつけた。「生憎だけど、この第1小隊は私の隊なの。だから預かり知らぬところで誰かが入隊する、なんてことは絶対有り得ない。だから私はあなたを信用しない、了解?」
「俺は王国機関の人間じゃない。機関長さんに言われて雇われたら、ここに入れっていわれてバッジを渡されただけだよ。了解?」
 リコスは食い下がらなかった。あくまでも自分は本物だと言いたいらしい。というか、本当に本物だったら滅茶苦茶失礼じゃない、とアシエは胸中で呟きつつも、やはり構えた結晶器は外さなかった。本物であれば謝罪で済むが、偽者だったときの返しが付かなくなるのは御免だ。

……と、

「リコスゥゥゥゥゥッ!出て来いィィィィッ!」
 悪魔の如く叫びが、今度はかなり近くで轟いた。同時にガシャン、という何かの破砕音が鳴り響く。――それも、ホバーバイクを停めていた方角から。
まさか、と最初は思ったのだが、どうもあの音には聞き覚えがあった。戦闘の最中で搭乗物が粉砕された時など、運悪く高所から機械を転落させた時など。
 その聞き覚えのある音に、サッと体の血が引いていくのを感じる。バイクを破壊されたことによるショックも少なからずだが、それよりも『単独で』それを破壊出来るような化け物が直ぐ近くまで来ている、という事実に。
 どうやらそれだけは、目の前の青年も同じ様で、
「……マズイね。非常にマズイ。どれくらいかっていうと、もうそれはヤバイくらいに。あんな化け物が居る限り、世界は平和にならないだろう」
 顔はすっかり青ざめ、声には焦りの色がハッきりと滲んでいる。最早先ほどまで見えていた余裕の色は微かにさえ見えない。
 それはそうだろう、とアシエは心の中で銘打った。何せ呼ばれている名前は、この青年に他ならないのだから。
「一体何したのよ、っていうかあの化け物は何なの?さっきも蟷螂愚者を思い切り放り投げてくるし……あれはどうみても魔王よ」
 それが正直な感想だった。3メートルを優に超える巨体を投げ飛ばし、100キロオーバーのバイクを丸ごと1台粉砕する。身体の中に結晶器を埋め込んでいる人間ならば別なのだろうが、そんなことが出来るのならばとうの昔に実装されているに違いない。

 というのも、新人類とて所詮は生き物だ。食べなければ死んでしまうし、病気にだってなる。ただ単に旧人類と違っている点は、空気中の結晶放射から身を護れるというだけの話なのだ。
 しかしそれにもやはり限度というものがある。結晶器は、大気中の結晶放射を凝固させて使うもの。ということは、肉体に埋め込めば肉体の中にそれを生成することとなる。確かに一時的な超膂力は得られるかもしれないが、再び空気中へと溶け込めない結晶放射は身体に『毒』として残り続け、いずれは死に至ってしまうことだろう。
「いやね、ちょっと肩口からのタックルをかましちゃってさ。そりゃもう、豪快に」
「何、じゃあ向こうは手負いでも『当たって砕けろ』であなたを殺しにきてるわけ?信じられないわね」
「……寧ろ当たって砕けたのはこっちの方だったんだけどね」
 体のあちこちを労わるように撫で、リコスは大きく息を吐いた。よくみると服の半分だけに泥砂が付着している。それが全てを物語っているようで。
「まさか!タックルかましたあなたの方が吹飛ばされるなんてある訳…………あるの?」
 アシエとしては、到底信じられない事ではあった。だが、あんな怪力を発揮できる人物だ。筋肉が鋼鉄と化していても不思議ではあるまい。
現に、質問を受けたリコスはただ首を横に振り、忌々しげに息を吐き出すばかりだったのだから。
 だとすれば、見つかってしまえばかなり面倒なことになりかねない、というか面倒は避けられないだろう。本当ならばさっさと帰路に着きたいところなのだが、バイクを駐車している方角にはその『面倒』が待っている。――破壊されていなければ、の話だが。
 仕方なくアシエはリコスに突きつけていた結晶器を下ろすと、袖の中へと滑り込ませて収納した。
「あなた、此処に来てるってことは移動手段はあるのよね?乗せていってくれたら信用してやらないことも無いわ。『こんな常識知らず』でも」
「真偽も確かめないで結晶器を突きつける君も『常識知らず』なんじゃないかな」
「あはは、蜂の巣って知ってる?」
 アシエはすぐさま結晶器を手中に滑り込ませた。
「ごめんなさい、すぐ案内します」
 リコスは即答した。

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