小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

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第5章/……解き放たれる深淵。


――第5区ゲブラーから、第6区のホドにある(黄金の夜明け団)集落への帰路は、最悪としか言いようが無かった。
 不幸中の幸い、位置として先刻(亜月玲)が任務をこなした渓谷、通称(竜の渓谷)からホドの集落は日帰りでも十分に行き来できる位置に存在していた。通常区画と区画の間を行き来するには『大橋』を通過せねばならないのだが、ゲブラー区画の島外周は突起になっている箇所が非常に多い。
 その為、竜の渓谷があるゲブラーの陸地へは、ホドの最先端から飛び移る(それでも100メートル以上は離れているが)事が『玲には』可能だった。
 のだが、先刻から玲を苛立たせている最悪の帰路は――それこそ災いの連続でしかなかった。
 まず断崖絶壁を登る途中でピッケルが折れ、渋々指突による穴あけで登ることとなった事、そしてようやく登った先で渓谷を棲家とする鳥愚者の群れに集団攻撃を受けた事。
 とにかく一難さってまた一難、の繰り返しでしかなかったのだ。それでもどうにかホドの大陸に飛び移ってからはこれといった災難も無く、目的地の集落へと帰り着くことが出来たのだが。


「報告は以上。もう俺に頼むなよ、その度に集落がぶっつぶれるぞ」
 夜明け団創立者――花月愛理におおまかな報告を終えた玲は、苛立ち加減も上々に吐き捨てた。愛理の両隣に居る護身兵がキッと彼を睥睨したが、それを愛理が「まぁまぁ」と宥める。
「いいじゃない。結局貴方、集落に置いててもトラブルだらけだし。逆にストレス発散できて良かったじゃないの。竜愚者、投げ心地良かったでしょ」
 苛立つ玲とは対照的に、愛理は彼に向かってほくそ笑んだ。『創設者』という剛健なイメージにそぐわず、彼女の容姿は若く端麗、肩まで垂らした流れるような淡い水色の髪は部屋の明りを受けて、より綺麗に輝いていた。
 そんな容姿もあってか、愛理がほくそ笑んだ途端に、今まで厳しい顔をしていた護衛兵の表情が一気に弛緩する。一方、玲は相変わらず口を尖らせていたが。
「……でも、そうなると不思議。この夜明け団内部に裏切り者が居るっていうことになる。私は皆目検討が着かないけれど――彼なら、もしかすると何か知ってるのかもね」
「あいつか――あいつ、リコス。前に見かけた時は、捕まえようと躍起になって蟷螂愚者をぶん投げたんだが……どうやらアイツ、そのまま仲間らしい女と一緒に逃げやがった。軍服着てたぞ、あのマルクト王国機関の、しかも結構上等な。多分小隊長とか、そこいらの階級なんだろ」
 夜明け団から追放された嘗ての同士は、何もメンダークスだけではない。彼――リコス・ヴェイユという青年もまた、嘗ては自分たちの同胞だった。
 リコスは追放という結果にこそなっているものの、真実としてはそうなった訳ではない。それどころか彼は、自らこの集落を後にしたのだから。

「あー、機関の奴等はあんまり好かないわね。何、あの機関長とかいうお偉いさんと来たら、会談を要求してくる割にはこっちに対して随分と敵対心丸出し。先週だって、流れ弾の主砲でどれだけ被害が出たか。それに此処の人たち皆怒ってるわ?報復すべきだって、私もそれを抑えるので手一杯なのよ……」
 愛理が吐き出す溜息は、心鬱の形容だった。神妙なその表情が微かに動くたび、水のような儚さを孕んで髪が揺れる。その美しさに、両隣の護身兵が喉を鳴らして息を呑むのが、玲には遠目からでもはっきりと分かった。
「とにかく、次はどう行動すんだよ。まさかゆっくりと調査進めてたら、それこそ間に合わなくなるぞ」
「そうね、そうかもしれない。でも貴方はもう疲れてるでしょ、次は私が――」
「――お前は暴動抑えんので手一杯だろうが。無理してっと、倒れちまう。お前が倒れたら、誰が指揮を執るんだ?それこそ暴動も収めるに収まりきらないし、戦争が起こる事も覚悟しなきゃならねぇ。俺はもうそんなことすんのは御免なんだよ、大変な任務以上にな。だからお前は指揮だけ執れ。それで統制が取れないなら、俺が力を貸す」
 玲が胸のポケットに手を突っ込み、取り出した煙草を2本の指で挟みこんでそれを口に咥える。それから同じようにしてポケットからマッチ箱を取り出すと、器用にも片手でそれを擦って火を灯した。その灯火が煙草の先端に宿ると同時に、愛理が苦笑を浮かべる。
「どうもありがと。最近甘えっぱなしだね、貴方の好意にも。……何か恩返しでもしなきゃならないんだけど、今はこんなだから……何も、出来いけど。いつかはきっと、返すから」
「別に。俺は幼馴染としてお前に忠告をくれてやってるだけだ。それに、お前が居ないと此処の奴ら、ろくに煙草も作れねぇからな」
 玲が吐き出す灰色の煙が、風の流れに乗って部屋の出口へと吸い込まれていく。
 だが、そこで愛理は表情を歪ませた。先刻までは少女の稚さを残していた表情から、一切の穏やかさが消え去る。
「どうした?」
 ただ事ではない様子に、玲は尋ねた。
「どうやら、誰かお客さんが来たみたいね。それも、えらく物騒な連中が」
 夜明け団の創始者である愛理は、その特性として異常な聴力を身につけている。例えば核シェルター並の金属扉を拵えようとも、彼女にはその向こうで話している会話の内容が丸聞こえなのだ。
 今現在も、恐らくは屋外の会話を聞いての発言だろう、と玲は確信していた。

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