小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

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 その時、玲の背後から『失礼します』という女性の声が聞こえ、一瞬の間を置いて扉が開かれる。入ってきたのは、『見た目上』は明らかに愛理よりも年上の女性だった。玲よりも1歩前にでると、形式どおりの礼をしてから口を開く。
「只今、マルクト機関から武装集団が参りました。どうやら機関長らしい人間も混ざっており、彼ら曰く話をしたいとの事です」
「いいわ、集落の中央広場で待たせて。今から私も行く。……伝達、お願いね」
 愛理は言葉を受け、一瞬訝しげに視線を伏せたが、直ぐに応答を返した。
 前に出ていた女性はもう1度、深くお辞儀をしてから玲の方へと向き直り、そのまま隣を通過して扉の向こうへと消えていく。だが彼女はすれ違う際、『何故お前が此処に居る』というような冷たい視線を玲に送っていた。
「ったく、ねぎらいの1つも無しか。……で、行くんだろ?」
 咥えた煙草を口から離し、吐息と共に大量の煙を吐き出して、青年は創設者に向かって肩を竦める。
「そう、ね……穏便に話を出来ればいいんだけど。問題はその気があっちにあるかどうかってことね」
 彼女の両隣に居た護身兵は、既に身支度を整えていた。腰に下げたホルスターから拳銃を取り出し、スライドを後退させてからセーフティーを嵌める。『武装集団』という時点で、機関側と撃ち合いになる可能性は否定できないのだから、その際の準備を済ませておくのは当然の事だろう。
「ま、あんま気にすんな。お前は平和的に交渉を進めることだけ考えときゃいいんだ。どんちゃん騒ぎは、俺の得意分野だからな」
 表情が見せる、懸念の翳りが色濃くなり始めた愛理に、玲は冗談交じりの台詞を口にした。
「……どうも。じゃあ私の気が変わる前に、さっさと行きましょうか」
「あいよ」
 最早笑うことすらしなくなった――恐らく、余裕が無いのだろう――愛理が部屋を後にするのに、有無を言わず護身兵と玲は続いた。
 部屋から外の出口までは、1本道の廊下になっていた。老朽化が進み始めた木製の床は、靴底で踏みつけるたびに軋む音を立てる。出口へ進むに連れて、外からのどよめきが徐々に大きさを増していく。
 規模からして、どうやら外には既に大勢の人たちが集まっているようだった。集落に居るのは何も夜明け団だけではないのだから、総人口で考えればそれはさして考えられないことではなかったが。
 扉を開け、外へ出るのと同時にどよめきはいよいよ鮮明なものとなった。この(創設者の館)前の中央広場には既に人だかりが出来ており、玲達はそれを縫いつつ向こう側まで移動することを余儀なくされる。

「遠路遥々、ご苦労様です。ご存知だと思いますが、私は夜明け団創立者兼この集落の長、花月愛理。本日はどういったご用件で参られたのですか?第6区マルクト機関機関長、エニス・クリドゥス」
 人ごみを抜け、紅の紅葉が風に揺られる中央広場へたどり着くと、第一声愛理は丁寧な物言いで彼ら――目の前に対峙する形になっている、機関からの者達――に尋ねる。
「いや、これは驚いたね。歳の割に、見た目はまだお若い。それに絶世の美女だという噂は、本当だったようだ」
 エニスはそう言って友好的な笑みを浮かべたが、その後ろに控える者は皆機関銃や拳銃を所持していた。中にはミニガンまで混じっており、機関の中でも特別階級に属する親衛隊だという事が、見た目だけで玲にも判断できた。
「お褒めの言葉、有り難く頂戴しておきます。ですが、まず此方のご質問に答えて頂かなければ、私共としても非常に困りますので」
「おやおや、そう急がなくてもいいだろうに。……まぁ用件としては、簡単な事だよ。力を貸して欲しいんだ」
――暫しの沈黙。夜明け団と機関、2つの最大勢力の最高責任者による話し合いに緊張もピークに達したのか、周囲のどよめきは完全に収まっていた。
「まず」
 そしてその沈黙を破ったのは、愛理の方だった。
「力を貸す、というのは私共が機関に協力すると、そういうことですか?」
「無論」エニスは満足げに頷いた。「悪い待遇はしない。君たちの立場は、私たちと常に同等だ。唯お互い、このままでは滅び行く運命なのではないかな?私はそれを止めたいのだよ」
「協力する事で、より黙示録の解析が効率的になると?確かに、私共の組織には優秀な頭脳を持った者達が居ます。しかしそれは、其方とて同じ事ではないですか。其方の黙示録解析チームも、負けず劣らず頭脳明晰な者達の集まりだと聞いていますが。しかし、滅ぶという側面については私個人は同意見です。伸るか反るか、黙示録の解析という合致だけの条件ならば此方も諾意を示しましょう。……しかし、先日のあれは何です。機関からの主砲撃。あれで幾ら此方に損害が出たとお思いですか!ホドは最早セフィロト唯一と言っても過言ではない、地球自然地区です!結晶放射の濃度も他に比べて少なく、確かに軍事力はマルクトに劣るでしょうが、此処に軍事力は必要ありません。もしもホドを貴方方の領土に治めたい、と言うのであれば是非お帰り頂いて結構。話すことはありません」
 怒涛の勢いで、愛理はエニスに対して抗議の声を上げた。彼はそれを黙って聞いていたが、後ろに控える兵士たちは皆形相を厳しくしていく。
 だがそれは集落の側も同じで、彼女の台詞が進むに連れて徐々に流れる空気から穏便さが消えていく。双方の人間たちが皆、それぞれの武器に手を当てて警戒の姿勢を取っていた。
「まぁ落ち着きたまえよ。私も野蛮人ではない、武器を下ろしたまえ。……それに、私はそんなつもりなどなかったのだがね。ホドは君たちが支配している区画だ、それこそ好きにするといい。しかし、1つだけ契約を交わしてもらえないかな」
「契約……ですって?」
「そう、我々は此処に研究所の支部を置きたいと考えている。何しろ、マルクトやその他の区画では目に映る彩りに欠けていてね、中々研究者たちの精神も安定しないのだよ。此処ならば自然が溢れ返っているのだ、彼らもきっと全力を尽くしてくれるに違いない。今全力ではないかと言うと、そうではないだろうがね」
 エニスはあくまで、落ち着き払った様子で淡々と話を進めていった。愛理が感情的になっている反面、寧ろ彼は友好的に見える笑みすら浮かべている。今までの取引や経験の差が、ここで如実に現れ始めているようだ。

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