小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

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――幸せなら、目の前にあった。与えられた任務をそつなくこなす日々であれど、その中には確かな仲間がいる。何時の間にか、毎日笑っている自分が居る。支えられて支えて、感情をあらわにして。何の変哲も無い日常が今、アシエの目の前に存在している。
 アシエはたった今、理解した。『幸せ』と言う言葉の意味を、齎す温かみを。今まで気付こうともしなかった自分の愚かさを、湧きあがる感情の正体を。
「うぇっ!」
 それで少しだけ涙を零しそうになったアシエの肩を、誰かの平手が殴打した。余りの唐突振りに意図せず素っ頓狂な声を上げ、真犯人を目で追う。視線の先には当然の如く、意地の悪い微笑を浮べるリコスが居た。
「隊長、学べて良かったね。……泣くほどに」
「う、五月蠅いわねっ!」
 そんなリコスの顔面に思い切り突き拳をぶつけてやろうとして、手を持ち上げたところでアシエは踏みとどまる。拳の先まで伝わりかけていた羞恥心と苛立ちをどうにか飲み込むと、そのまま深呼吸。
 これから先『隊長』という立場でやっていく上で、短気は損気になるだろう。頭ごなしに部下を怒鳴りつける上司に、人徳が無い事を、今までの経験と感覚でアシエは理解していた。
「さて隊長、僕たちの仕事はおおむね完了した訳だけど、どうしようか。食べてないのも不安だし、とりあえず何か食べよう」
 突然、リコスがそんな事を言い出す。確かに朝食を取ってから随分と時間が空いていて、アシエも空きっ腹を抱えているのは事実だ。
「おう、いいじゃねぇか!賛成!」
 それに真っ先に賛成したのは、喜び跳ねるティラだった。パルトも別段その案を拒否する気は無いようで、然とした面構えで腕を組んでいる。肌を焼きそうな太陽が照りつける空の下、『元アシエ小隊』の一員の意思は合致した。先日起きた襲撃事件の所為で外食を取れる店など数えるほどしか無いが、たまには馴染みの面子が揃う、というのも悪い事ではない。
 と、その時。
「ねぇ、今空で何か光らなかった?」
 一瞬太陽が輝く空に別の閃光が奔った気がして、アシエは尋ねる。その問いに一行は、今は平穏だけが広がる空を仰ぐ。燦燦と降り注ぐ太陽に目を細めながら、アシエは空に目を凝らした。
「……何もないみたいだけど」
 暫く経ってパルトが、尋ね返すような口調で呟いた。確かに青だけが広がる空には何の奇行も見当たりはしないが――代わりにアシエは、遥か東の空に『その異常』を見つける。
「ちょっと……あれ、何よ」
――そこには、雲を貫いて一筋の光が空へ突き抜けているという、余りにも異常過ぎる光景があった。方向から察するに、東の方角には『黄金の夜明け団』を率いた長が統括する集落――(第六区画ホド)が存在している筈である。だが確か、ホドには壊滅した旧人類の遺跡か無法自然地帯しか広がっておらず、機械的な文明は存在していない筈なのだ。
「……(破滅の象徴)
「え?」
 ふとリコスが呟いた単語に、アシエは聞き覚えがあった。それは他の面子も同じようで、皆興味津々の表情を浮べ、リコスの続く言葉を待っている。
 今までの飄々とした表情をその端麗な面持ちから消し去ると、今度は神妙な面持ちで、彼は重苦しく言葉を吐いていく。
(破滅の象徴)御伽噺や英雄譚にも伝わる、名前の通り『終焉を見る光』の事だよ。世界に終わりが近づく時、全てを照らす巨大な光が空を貫く……って、隊長達も知ってるだろう?子供の頃、よく読んだり聞かされたりした筈だ。……噂ではホドにその出生の秘密があると言われていたようだけど、まさか実物が出てくるとはね。それにどうやらあれ、て空にある何かを呼び出して居るみたいな……そんな気がしないかい」
 だが彼の話に、アシエは違和感を覚える。
「するもしないも……貴方、何処からそんな情報仕入れたのよ。伝説や英雄譚は私や他の皆も知ってるだろうけど、そこまでの詳細は……」
 そこまで話して、アシエはリコスの本業が『万屋』である事を思い出した。職業柄、様々な区画を行き来している事は事実だろう。視線を交わした彼は「そういうことだ」とでも言わんばかりに無言の頷きを返すと、パルトやティラの方に向き直る。
「英雄譚が実在した事、どう思う?パルト」
「へ」
 突然話を振られ、さしものパルトも泡を食った様子で素っ頓狂な返事を返した。しかし流石とも言うべきか数秒と経たぬうち、彼女の表情は鋭さを増す。これもパルトが持つ思考する時に見せる表情で、こうなった彼女の推理力は目を見張るものがある。アシエは、今から聞かされるであろうその推理に耳を傾けた。
「……伝説が実在した事には何の驚きも無い。『火の無い所に煙は立たない』って、旧人類の言い回しにもある風にね。でも(破滅の象徴)が質量を持って現世に現れたのだとすれば、伝説通り世界には終わりが近づいてる事になる。その割近年巨大な災害と言えば前の襲撃事件くらいだろうし、破滅の兆候なんて一切無かった。……だとすれば、あれが現れた意味は無いとも捉えられない?伝説や英雄譚なんて、尾ひれが付いて回るのが定石よ。おまけに、旧人類から現世に受け継がれた伝説の殆どは、実在した話を大幅改変して、より壮大なものにしただけだっていうし。だからあれが『誰かの意図的な工作』によって今出現したのだとすれば、合点が行くとは思えない?例えばそう、それこそリコスの言うように、あれが空にある何かと連動したものだとすればね」
「おお……流石、うちの隊の参謀さんはいい意見を言ってくれるじゃねえの。確かに言われて見れば、そんな気がせんでもないなぁ」
 パルトの長々とした推理の後、最初に感嘆の息を吐いたのはティラだった。何度も何度も頷き、分かったと独りでに呟いている。――とは言え、何時も彼の頷きは理解した振りをする為の工作なのだが。

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