小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

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 気が付けば、周囲の作業員は揃いも揃って外へと繰り出してきていた。何時の間にか疎らだった外には大勢の人間が集まってきていて、場は喧騒に呑まれている。中には世界の終わりだの何だのと話している輩も居て、状況的に見れば冷静な人間はそう多くなく、場は混乱に傾倒している。
 ならば、今こそ『隊長』という地位を得た自分が、普段と何ら変わらぬ行動を取っていたのでは意味が無い。だからこそ今は、自分だけが出来る事を見つけ、実行しなければならないのではないか。

「……ティラ、他の部隊に伝達して。『直ちに非戦闘要員は屋内へ退避、全作業を中止せよ』」
「は? へ、俺がか」
 思い立ったが吉日。突然の指示に、当然ティラは語気を緩ませたが、この際いちいち反応には構っていられず、矢継ぎ早にパルトへ向き直る。
「パルトは本部に電報を。『場は混乱にあり、上部からの指示を求める』」
「なるほど、了解」
 流石に要領がいいパルトは、含まれた事実をくみ取ったようで、ビシッと敬礼すると、出現させたホロウィンドウに視線を落とす。
 リコスは既に流れを読んで、指示を待つように立っていた。相変わらず出来る人間なのか、ろくでなしなのかを見定めるに難い男である。
「貴方は私と此処に居る全部隊の隊長及び小隊長の招集。変な真似はしないで」
「I got it。命令を実行する」
 場に合わない妙な返答を返すと、彼は気だるげな敬礼を構えた。その怠けた姿は睨み付けるに十分な根拠をくれたが、ここは我慢して踵を返す。
「各員、通信機は常時作戦モードに切り替えておいて。私は招集に当たりながら、機関長に電報を飛ばしてみる。ランス隊初の大仕事、大変だけど気張って行きましょう」
 小隊から階級こそ変われど、何一つ変わらない隊員達に内心安堵しつつ、アシエは砂利道を踏んだ。背後から彼が付随していることを確認してから、胸の紋章でホロウィンドウを開く。
 機関長は行軍中だと、確かティラが言っていた筈だ。恐らくは電報を打っても直ぐに返事は無かろうが、かといってたかが一部隊の独断で動くわけにもいかないだろう。出来る限り状況を鎮静させて、返答を待つしか無い。
「隊長らしくなってきたね、アシエ」
 囁くように名前を呼ばれて、思わずアシエはぞっとした。
「貴方も副隊長らしく、もうちょっと自覚を持てば? 無駄話は後にして、さっさと他の連中を探すわよ」
「やれやれ、人使いが荒いね。だから俺は世界が大嫌いなんだ」
 背中から聞こえる、最早耳に染みついた言葉をうんざりと聞き流して、適切な言葉を選りすぐったメッセージをエニスへ送信。目の前に広がる人ごみの中で、あれやこれやと叫びたてているのが隊長だろうか。
「ちょっといいかしら」
 尖りを付けた声を掛けると、伸びきった髭が印象的な無精面が煩わし気に振り返る。
 彼は視線の先に立っていたアシエとリコスの姿を見つけると、洗っていないのか、脂ぎった不潔そうな髪が乱れるのも構わず、涎を撒き散らして怒号を放った。
「何だ、貴様ら! 今は込み入ってるんだ、後にしろ!」
「そういう訳にはいきません」
 不潔を絵にしたような男の怒りにも、食い下がる。
「今はいがみ合う時ではない。貴方は確か、リヒテン・シルク隊長ですね。隊長が隊長らしからぬ態度を決め込むのは感心出来ません。……空をご覧になったでしょう。もしあれが伝説の通りだとしてもしなくても、今は落ち着いて下さい。協力し合って、真意を確かめねば」
 まくし立てると、無精面が怒りと羞恥(恐らく)に紅潮し、僅かに震える。背後では彼の隊員達が怪訝な眼差しをシルクに向けており、お世辞にも信頼されているわけではなさそうだ。
 音もなく、彼の拳は握りしめられていた。引き締められた唇から、悔しげに震えた言葉が吐き出される。
「成り上がりの女が……どうせ、機関長に体でも売ったんだろ! でなければ貴様如きが隊長に就任する事など、まずあり得ん!」
「なっ!」
 シルクが吐き出した罵倒に、アシエはつい面をくらってしまう。静かだった隊員たちが各々にざわつき始めると、羞恥はより膨らんでいった。

――結局、こうなのか。
 唇を噛んで堪えるしかなかった。結局自分が隊長という立場に就任しても、世間が向ける侮蔑の視線は変わらずに存在している。何時だって、何だって『女だから』という理由は都合よく使われ続けてきた。
 正直に言えば、今だって泣きたい気持ちくらいはある。目の前の男を殴り飛ばして、いっそ何処かへ行ってしまいたい。
 なのに。

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