小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

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「……で、改めて聞くけどあなた誰なの?」
アシエはキャンピングカーの中にあった、スティック状の携帯食料を口いっぱいに頬張りながら喋った。対して運転席のリコスは何も口にせず、黙々と運転をこなしている。
 あれから数十分後、2人はリコスが近場に停車しておいたというキャンピングカーに搭乗し、既に日の落ちた夜空の下を走っていた。
 幸運なことに『面倒』には最後まで見つからずに済み、追ってくる気配も無い。キャンピングカーの中は色々な設備や食料があり、数日間の帰路には充分すぎる休息を取れそうだった。
 見知らぬ男の車に乗ったからといって、しかしアシエはリコスという青年の事を完全には信用した訳では無い。妙な行動を取ったときの為、常時精神を尖らせているし、一言一句に含まれる微かな澱も見逃さないよう耳を立てている。有事には袖口からはすぐさま結晶器が飛び出すし、いざとなれば得意の格闘術を叩き込んでやるつもりだったが――今のところ、彼がこちらに妙な事をしようとする素振りは全く無かった。
「今は君と同じ機関員だけど?本業の事を言うならそうだな、俗に言う……『何でも屋』ってやつかな。仕事は合法から非合法までさ。とは言っても、この世界にろくな法律なんてものは無いけど」
「ふ〜ん」
 残っていた半分のスティックを一気に口内に放り込み、咀嚼する。それから隣に置いてあったアルミコップから、生ぬるい水を喉へと注ぎ込む。
 喉に痞えていた細かい粕が流し込まれたのを、咳払い1つで確認した。
「私の小隊所属って書いてあったけど、失礼ながら帰ったら確認させてもらうね」
 アシエはあくまで優しげに物を言ったが、言葉は罠だった。『確認する』ということを伝えることで、相手の焦りを誘い出そうという魂胆だ。もしもリコスが機関員を装っているだけならば、その『確認』という単語を聞けば微弱ながらでも焦りを見せるものなのだが。
「それがいい。俺も疑いを早く晴らして欲しいし、何より初対面の怪しい奴は信用しないことが大切だ。ま、初対面の俺が言うのもなんだけどさ」
 どうやらこれには引っ掛からなかったらしい。
「ん、じゃあ機関長に今から確認とってみる」
 次に少女はさらっと言い、耳掛けの通信機に手を伸ばす。勿論、こちらからでは機関長と連絡を繋げるように出来ていない。これも相手の動揺を誘う、一種の罠だった。

 もしもそれが都合の悪い事ならば、こっちのハッタリを本当だと思い込み、どうにかして止めに掛かってくる筈。そう踏んでいたのだが。
「どうぞどうぞ」
 リコスは尚も運転に集中を置きながら、軽く気の無い返事を返すだけだった。その声に全く焦りといった同様の色は滲んでおらず、これ以上いくら罠を掛けてみた所で結果は見えているだろう。アシエはそれ以上の質問を無しとし、目的地の≪第9区イェソド≫まではとりあえず大人しくしておくことにする。

――ハルマゲドン後のこの星、≪セフィロト≫は10つの陸地だけで構成されるようになっていた。小さな島こそ大海の中央に浮かんではいるが、いずれも人が住めるような環境では無い。
 一つ一つの陸には名称が付けられており、陸間を行き来するのには過去に架けられたという≪オーラルブリッジ≫を使用する。道幅も広く、余り愚者も出てこないが、距離が長く区画によっては一週間の旅をもれなく楽しむこととなる。
 その中でもアシエ達が所属している≪機関≫、と呼ばれる組織の基地が設置されているのは、第8区画≪マルクト≫だった。現在のセフィロト全土の指揮を執る、最大の大陸だ。規模も他とは段違いで、他の区で見られるような荒廃地区や廃墟群生区といった、愚者の生息地域が一切無い。区画は丸ごと1つが巨大な街で、食料や工具の流通、生産、或いは結晶器の研究が盛んに行われている都市。その光景はまさに王国と呼んでも大仰ではないだろう。
 そんな立派な区画が自分の故郷なのだと思うと、アシエはなんだか誇らしかった。街の賑やかな喧騒を思い出すとジッとしているのは苦痛になって、窓を開けて半身乗り出すと、前方に広がる景色を凝視する。ここからなら、もしかするとマルクトが見えるかもしれないと思ったのだ。
 しかし見えるのはただ漆黒の帳だけで、明かりの1つも見えはしない。

 するとバックミラーでアシエが顔を出したのが分かったのか、
「心配しなくてもあと2日くらいで見えて来るよ。何せ殆ど真っ平らなんだからね。旧人類が居た頃は、滅茶苦茶に建物が並んでたっていうけど本当かな?」
 リコスが子供と接するかのような、甘い口調で話しかけてきた。
「その喋り方、これ以上ないくらいに気持ち悪いわね。不快だからその口を閉じてくれる?」
 依然窓から半身乗り出したまま、アシエは苛立つ気持ちを吐きだした。
「だって、君があんな幼い顔をする事もあるんもんなんだって。旧人類が持ってたっていうカメラなるものがあったら、それを収めときたかったくらいに可愛かったよ?いろんな意味で」

――――その一言は、アシエとしても呆れるしかなかった。いろんな意味で。

藍色の闇に濡れた廃墟群を抜けた車体は、何時の間にやら第7区と第8区を繋ぐ巨大な橋へとさしかかっていた。

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