小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

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「あ? ほら見ろ、反論できないのだろう。無様なもんだろ、羞恥を晒すのはなぁ」
 追い打ちと言わんがばかりに、シルクは下卑た笑みを浮かべた。
 が、
「おや隊長、その意見は思考放棄ではありませぬかな」
 ざわつく一部隊の中から、ざっと一人の男が歩み出る。如何にもな軍人面に刻まれた幾つもの傷痕、背後に従属する厳つい男たち。
 彼らには見覚えがあった。昨日巻き起こった大規模都市戦闘で、協力し合った四〇一号小隊の面々だ。
「貴様ら……」
 不機嫌そうにしかめっ面を浮かべるシルクの面前に進み出た小隊長の男は、控えた部下たちに目配せをして、あろうことかシルクに背を向け、アシエヘ向き直って口を開いた。
「あの戦闘以来ですな、“隊長殿”。各員、敬礼!」
 号令と同時に、彼の部下達が一斉に軍靴を踏み鳴らす。統率された敬礼と共に届けられたかつん、という激しい音が、アシエの鼓膜を――否、心までをも揺さぶった。
 一方では、尻目の敬礼を睥睨するシルク。彼もまた、“曲りなりにも”隊長なのだ。
「どれだけ私に恥をかかせれば済むんだぁっ! この下級ども――」
 遂には耐えかねたのであろうシルクが握りしめた拳を振りかぶる。狙う先は――第四〇一号小隊。
 それまで背中を向けていた彼らは直ぐに振り返って攻撃の襲来に気づくも、間に合わない。
 瞬時、アシエは地を蹴り飛ばした。真っ向から向かう風に抗って、振り出される拳に対して鋭角に体を滑らせる。
 攻撃の抑止。次いで反体重方向への強烈な平手。バランスを崩したシルクの体が崩れ、地に伏せる。
 続けざまに仰臥する彼の顎部付近へ、接触ぎりぎりのストンピング。
 鉄板入りの踵が地を踏み鳴らすと、シルクの瞳が驚愕に大きく向かれる。金色の、猫のような瞳に映る自分の姿を見つけると、アシエは吐き捨てた。
「我が隊への侮辱なら構いません。ですが、四〇一号への暴力行為は無視出来ません。……さっさと機関へ帰りなさい」
 出来る限りの威圧を込めると、彼は情けなくひぃ、と悲鳴を上げた。それから急いで立ち上がると、何やら捨て台詞と共に走り去っていこうとするも、
「やぁ、シルク隊長」
 進路に立ちふさがった、黒ずくめの男――リコスの爽やかな笑みに怯み、足を止めてしまった。
 それが運の尽き。
「ふべっ」
 妙に籠った声と共に、シルクの体は宙に舞う。
 一瞬の間をおいて地面へ突っ伏した彼は、一度大きく跳ねてから動かなくなった。
「……隊長の心が許しても、俺は許せないんだよ。精々眠りの中で土下座でもしてなよ、隊長?」
 リコスが中空で突き出していた爪先が下ろされると、その場は一斉に盛り上がった。四〇一号小隊の人間も、シルク隊の人間ですら歓声を上げ、各々に指笛で茶化したりしている。
 場内の空気が震える中で唖然としていると、リコスの黒目がアシエを捉えた。掲げられたガッツポーズと、向けられた小さな微笑。
 気が付けば反射的に、顔を背けていた。
 胸の奥に蟠っていたのは、何とも言えない気持ち。焼けるような熱さに、胸をきゅっと握ると、彼の微笑が脳裏に蘇る。
(――どっちかに、してくれないかなぁ)
 普段見せているだらしなさの傍ら、時折見せる優しさと強さ。本当の彼はどちらなのだろうか。
 けれど、アシエには勘付きはじめた事があった。恐らく、彼の微笑を見ると湧き上がってくるこの感情は――。

 きっと、誰もが知っているモノ。

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