小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

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「離脱行動、開始! コードイエロー!」
 “破滅の象徴”――天から眩い光が射す中で、愛理は声高らかに叫ぶ。突然の稲光に面食らっていた機関はお陰で反応を遅らせ、初動に見切りを付けられないだけの時間を、夜明け団に与えてくれた。
 絶好の機会。一斉に劣勢が優勢へ変わり、向けられていた銃口は火を噴くこともなく、次々に火花を散らして破壊されていく。夜明け団の自衛団が放つ結晶放射ではない、実態の鉛弾が硝煙とマズルフラッシュを伴って吐き出される。
 発砲音と怒号が入り混じる中にも、だが断末魔は聞こえない。愛理の情を汲んで攻撃する夜明け団は、己を傷つける武器に対してのみ的確な攻撃を行っていく。
「馬鹿な!」
 戦場と化す集落の中で、エニスが呟いた。
「アンチ・ダアトコードだと……何処から!」
「さて」
 泡を食うエニスの鼻頭に艶消しの黒拳銃を突きつけて、愛理は不敵な笑みを浮かべた。
「仮にも夜明け団の長である私が、何の案作も練らずに居るとでもお思いかしら? だとすればご生憎ね、私は耳もすこぶるいいの。さっきあなたがたが此処に出向いてきた時から、目的の察しは付いてたから、玲が弾丸を受け止める以前からうちの参謀と“会話”してたの。知ってた? アンチコードは唱えても有効なの、私達を見くびりすぎたね」
 アンチ・ダアトコード――(深淵を塞ぐ詠唱)。隠された第十一区画の覚醒を抑止する為の光、伝説の破滅の光がこれに当たる。
 尤も、人々はそれを忌まわしげな名で呼び捨てるのだが。
「昔の人類は時がくればダアトを覚醒させようと、色々画策してたみたいね。このアンチコードはその一つ、ダアトの暴走を防ぐもの。旧人類はこれを勝手に破滅の光とか称して、出来る限り起動させないようにしてきた。ダアトを覚醒させるための黙示録が機関に与えられたなら、夜明け団はそれを防ぐ力を手に入れてたって訳。――此処に来たって事は、黙示録の解析、実は終わってるんでしょ? どっちが破滅の光なんだか」
「全て見通されていた、か。……先ほど、離脱行動と言ったな、アンチコードは時間稼ぎのつもりか」
「ダアトは下ろさせない。必ず」
 突如として触れた冷たい感触に咄嗟、直角回避運動を取る。隙を見計らってエニスが距離を詰めるが、挙動は見切れる範疇。
 繰り出されたナイフによる攻撃を真横に回避して、愛理はそのまま突き抜けた。エニスが背中に追い打ちを掛けてくる前に、戦乱の混沌に身を隠す。
「うぉぉぉらぁぁぁっ!」
 前触れ無く目の前に降ってきた兵士を避けきれずに二人、踏みつけて“彼”の背中に駆け寄る。無数の結晶弾丸を受けてボロボロになってしまった服が痛々しいが、体に穿たれた弾痕は一片とて見つからない。流石の力とも言うべきか、だが少々行き過ぎている。
「玲! 少しは抑えて!」
 猛り狂う鬼神は名を呼ばれると、煩わしげに振り返った。
「愛理……もういい。こいつらは文字通り“殺しに”きやがった! 遠慮も思慮も、憚るこたぁねぇ、こっちも全身全霊を込めて叩く!」
 滲む怒りを抑えようともせず、彼は剣呑に吐き捨てると、向かってきた兵士を二の腕の元に薙ぎ払う。信じられない怪力で数メーター以上吹き飛んだ兵士の姿が雑踏と硝煙の中に消えると、続いて繰り出そうと持ち上げられた足首に、愛理はしがみ付いた。
「やめて! 聞こえなかったの? 一旦集落は放棄! 離脱行動最優先! 戦闘を停止して、区域から脱出だよ!」
 必死に叫ぶと、ふと玲の動きが止まる。
「……了解」
 ちっと舌を打った彼は、方向をぐるりと回転。戦乱に呑まれるホド集落の様子を見渡して、静かに息を吐いた。
「ごめんね」
 大人しくなった足首から離れた愛理もにまた、今回攻め入られた経緯に不服は残っている。本来ならこの場で機関を打ちのめしてやりたいのは満々だったが、数が数だ、真っ向からという訳にもいかない。夜明け団という生活集団を統括する人材として君臨し続ける間は、何よりも安全性を比重に置かねばならないのだ、犠牲を出す訳にもいかないだろう。
 夜明け団が非難する経路は、事前に――こういった不確定な襲撃に遭遇することを予想して、全員に指示していたのが利いたようで、混沌とする場から逃走していく者たちの足並みは皆揃っていた。視界を煙らせる砂埃越しに見える集落の出口には、既に多数の人間が殺到している。
「邪魔だ、クソッタレ共が!」
 不機嫌を大いに振りまく玲は、進路上に立ちふさがる敵からの攻撃を自慢の鋼鉄筋で無効化し、片っ端から投げ捨てながら進路を拓く。作られた進路を疾駆しながら、愛理は取り残された仲間が居ないかを目視で確認していく。
 だが目に映るのは、仲間の死体や敵の死体、血に塗れた大地。嫌なものばかりで、生き残った命は何の理由もなくぶつかり合い、折り重なって亡と化していく。
 この戦いは、何の為にあるのか――ふと、愛理の中で疑問が芽生える。
 黙示録達成という、人類祈願の為なのか?
 祈願の為に邪魔な存在を消そうという、虐殺染みた狂気の沙汰か。
 どちらにせよ、醜い争いだった。機関の兵士と言えど、彼らは上官の命令を実行するだけの、人形ではないのに。それなのに彼らは今、無理矢理に戦わされ、死んでいくのだ。
 果たしてこの戦いを有意義に思っている人間など、居るのだろうか。否、きっと居るからこの戦いは成り立っているのだろう。“エニス”と“黙示録”、皮肉にも縋るべきものの所為で志半ばに折れる人々の群に祈りを捧げ、愛理は混沌の戦場を飛び出した。

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