小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

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「分かった、分かった、話すから……ぁ、はな、し……」
 苦しげな声――メンダークスの声だ。
「玲、ストップ! やりすぎ注意!」
 砂煙に咽こみながらも、暴走しているであろう玲に制止を呼びかける。頭に血が上りすぎた彼は、放置しておけば文字通り敵を駆逐しかねない。
 彼は暫し沈黙し、場にはメンダークスの苦悶だけが響いた。が、それも束の間、
「チッ……分かった。この辺にしといてやるよ、命拾いだな」
 声と共に一陣の風が砂煙を攫い、視界が透過される。その先では玲がメンダークスを乱雑に放り投げ、息を荒げていた。
 彼女は完全に抵抗する気力を失っていたが、念のために拳銃は構えたままで一歩一歩慎重に進んでいく。背後を一瞥して先ほどの黒衣が起き上がらない事を確認、かがみ込んで口を開く。
「さて、聞かせてもらうわよ。マルクトが鎮圧されるって、どういう事なの? あなたとエニスは関係ないの?」
 頭蓋に拳銃を突きつけて問いかける行為が無駄だという事は、知っていた。だからこそ愛理は最もの脅威であろう玲に目配せをして、なるべく付近に置いておく。例え臓器の場所を反転させられようが、体ごと潰してしまえば問題はないのだから。
 最初は無抵抗ながらに下卑た笑みを浮かべていたメンダークスだったが、玲の意図を汲み取ったのか、小さく舌打ちをした。血に濡れた顔を僅かに持ち上げてから、ゆっくり口を開く。
「僕はエニスに色々世話になったからさぁ。御恩と奉公って、旧書物の棚にあった本の項目と同じさ。……マルクトが制圧されるっていうのは、“彼”が愚者を操って嗾けるからだよ。まだ一か所に集めて時を待ってるだけだが、丁度三日後には大規模な戦闘が起こるだろねぇ」
 彼女はそう言って、雑木林の中に仰臥する男を指差した。衝撃の所為か被っていたフードは落ち、見覚えのある童顔が露わになっている。
「まさかとは思ったけどな。手前が絡んでるとは、ろくな話じゃねぇ」
 彼を睥睨して玲は言ったが、彼――バグロームからの返答は無い。

 バグロームは、数年前にメンダークスと共に集落から姿を消した、特異な能力を持つ夜明け団の男だった。あまり感情を表に出さない性格の彼が、どうして集落を抜けたのかは以前から消えぬ疑問であり、今尚変わりない。
 彼の持つ能力は、『愚者を思うがままに操る事』。とは言っても、一気に大規模な軍団を操れる訳ではなく、ごく小規模な規模に芸当をさせる事くらいしか出来なかった筈だ。
 なのに何故今更彼が大量の愚者を操り、都市一つを壊滅に追い込むまでの力を得ているのか。思えば、メンダークスも全てをコピーできる訳では無かったのに。
――どういう事なのだろう。たった数年で能力が進化する前例は無く、まさかそれが偶然彼女ら二人に起こったわけではあるまい。当然、別の能力を身に着けたわけでもなかろう。
 嫌に一抹の不安が過ぎる脳裏に浮かんだのは、“黙示録”の解明だった。先の戦いで発破を掛けた結果、エニスは黙示録が解明に成功している事を認めた。全てを終えた上で、計画された襲撃だったわけだ。
 能力の異常進化が黙示録に関係あるのかは不明だが、エニスと関わっている以上、彼女らが自力で進化に成功したとは到底思えない。それに、黙示録の解明が直接的に人体へ何らかの影響を与えるならば、集落の中にも自覚症状を訴える者は居る筈。

「単刀直入に聞く。あなた達と、黙示録には何の関係性が?」
 こういう時、愛理は必ず発破を掛ける。不明瞭な問題に壁が塞がるなら、爆薬だろうが何だろうがで、壁を粉砕して事実まで辿り着くのだ。
 そんな問いを聞いて、メンダークスはひひっと気味の悪い笑いを立てた。ぎりぎりまで吊り上げられた口角と細められた目は、直視するに難い表情を作り出し、そして――。
「あぁ、あれは美味かったなぁ……! 他のモノとは比べ物にならない、神秘の味さ! 一度口にすれば、神にでもなった気分だよ? 体中が快感に包まれるんだ、何度絶頂を迎えた事かぁっ! ひゃははは、いいよ、いいんだよ、(エデンの園)!」
 狂ったように笑い出すメンダークス。話の意味は全くもって理解不能だったが、とにかく塞がっていた壁を破壊する事には成功したらしい。黙示録に関する肯定的な言葉と、(エデンの園)という言葉を取ることが出来た。
「あっははは! アーイアームゴッドォ! 分かる? 神様って事だよ、理解に乏しい下種野郎ども!」
「聞きなさい、エデンの園って一体何なの?」
 笑い転げるメンダークスの肩を鷲掴みにすると、自然に語調が荒くなった。問いに答えず、ただただ笑うだけの彼女が気味悪くなって、隣に立つ玲を見る。

「玲、駄目、この子はもう――」
 しかし言い終える前に、言葉は止まった。

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