小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

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 だが、そんな言葉にもリコスは偽善とした笑みを崩さないでいた。一体どうすればこの男からあの偽善を取り払えるのだろうか。
「全部言葉の通りだよ。俺は愚者が嫌いだし、それと同じくらいにロクでもない君が嫌いだ。第一、この世界においての森羅万象が大嫌いでね」
 それを聞いて、アシエはこの青年とはつくづくロクな会話が出来ない、と頭を抱えるではなく。心の内で悪態を吐いた。
(――いつか殺す)
 少女の僅かながらの表情変化を読み取ったのか、リコスがにへらっとした笑いを若干歪める。だがこの歪みは真実のものでない、と直ぐにわかった。同時に、いつか絶対に歪ませてやる、と決意を固める。
「今、物騒なこと考えてただろう?」
「いえ、一切。あなたをいつか殺してあげようなんて、そんなこと思いもしないわ」
「……物騒な世の中だね。これだから、俺は全部大嫌いになるんだよ」
「……私もあなたを指揮下に入れるなんて、嫌で嫌で仕方ないわよ」
 言いながら、アシエは奥歯を砕けるかというほどの強さで噛み締めた。先刻受けた命令がそれほどに不満だったからだ。
 普段はこういった喜怒哀楽の感情を、信頼した人間の前以外では見せないのだが、今回の件についてはそれなりに苛立っていたということなのだろう。
 何せ、此処に到着したアシエが機関長――エニスから受けた指示の内容が、それほどに酷いものだったからだ。

『世話頼む』

 彼が発したのは、その一言だけだった。それ以外には何も告げずに、エニスは剣呑な翳りを見せた顔で背を向けて歩いていってしまうのだから、こちらとしても抗議の声を上げている暇も無い。
 結局、機関長の命令に逆らう気にもなれずアシエはその指示に従うことにした。過去には刃向かった事も多々あったが、その後に待ち受けているのはとん
でもない罰だった――と、ここでそんな懲罰に吐き気がしたので、アシエはその過去を記憶の奥へと押しやった。

 だが、そんな精神の葛藤を知らないリコスは、気配りも無い饒舌な口を開く。
「ねぇ。なんで賢者って創られた存在なのに、感情やそこから来る涙があるんだと思う?」
「何よ、急に」
 唐突ながらも最も過ぎるその質問。彼女自身も、過去から現在に至るまでの19年間それを考えてきた。結局、答えにありつく事などありはしなかったが。
 ましてや過去の人間は一体何故自分達の「代わり」を残したかったのだろうか?本質的に『人類』というものは世界の一生物なのであって、絶対に存在しなければならなかったものでも無いだろう。
 やはりそこは人間の生存願望なのだろうか?最も、過去の人類が持ちえていた感情と、造られた存在である自分たち『賢者』が持つ思想や考え方は違っていたかどうかなど、もう確かめようの無いことだったのだけれど。
「そもそも、より完璧な人類を創り出したかったのなら、感情なんていう面倒臭いシステムを取り入れなけりゃ良かったんだ。だって、感情なんてあったら邪魔だろう。人類が完璧になるのには、感情に縛られずに、ただ無機的に生きるのが節理じゃないか。消すべきものは全て抹消し、残しておくべきものは護る。争いごとなんて無くなるし、生きることに空しさを想う事も無い。なにより、嫌悪感というものを知らずに済む」
 そんな青年の台詞に、意味もわからないままアシエは頷いていた。自分でも気付かない内にそんな反応を返してしまったのか、それが疑問にならないと言えば嘘になるが、かといって大した疑問にはならない。
 燻る疑問は、他にまだまだ沢山頭の中にあるのだ。最早自分の行動に疑問を感じている程、脳の残容量に余裕は無かった。

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