小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

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とにかく、アシエはこれ以上彼に疑問の種を植え付けられないように、暫定的にまとめた自分なりの考えで反論した。
「感情が無いほうがいい……なんて、人それぞれが語れるものじゃないわ。あなたみたいに頭で考えただけで、まるで世界を代表して意見を述べたみたいな態度しないでくれる?それともそれは取り繕ったの?」
 そんな下らない会話をしながらも着々と歩は進めていたので、いつの間にか目的地の傍まで辿り着いていたらしい。既に賑わっていた通路からは道を逸れ、普段は余り使用されない棟まで来ている為、人の姿は疎らとなっていた。
「それは君の想像に任せるよ」
 彼の返答を聞いたところで、曲がり角に突き当たった。実際、彼が行った立ち振る舞いの真意など、さぞどうでもいい事だ。突然足を止めたアシエに、こちらもまた足を止めたリコスが「どうしたの?」と問いかけてきたが、それには答えず通路の突き当りを右に進む。
 しかし曲がった先にもう通路は無く、ただ1枚の薄汚れた質素な鉄扉があるだけだった。扉上には『アシエ小隊』と手書きの木板が貼り付けられている。少女にとって見慣れた扉も、客観的に見てみると相当に酷いものだ。
「着いたわ。今日からここがあなたの仕事場……吐き気がするけど、まぁ一応言っておくわね。よろしく」
 この部屋の『主』はそう言って、偽善とした笑みを浮かべて手を差し出した。悪態まで吐いて置いて、今更そんな偽善を取り繕ったところで意味は無いのだが、ただなんとなく反応に困って欲しかっただけだ。
 だが――やはり、と言うべきか。
「ああ、こちらこそ宜しく。俺の大嫌いな小隊長さごふっ」
 次の瞬間、アシエはリコスの微笑んだ横顔を鉄板入りの安全靴で蹴り飛ばしていた。まさか本気ではなかったが、それなりに殺意を込めた一蹴を受けた張本人は小さな呻きを上げてその場に倒れ込む。
(――つくづく、むかつく奴)
 苛立ちの元凶を蹴り飛ばせたおかげで幾分気が軽くなった少女は、珍しく鼻歌を歌いながらも鉄扉を片手で押し開けた。きっと今、背中ではリコスが殺意の念に支配された顔をしていることだろう。もしかしたらあのまま暫く起き上がってこないかもしれない。
 少女にしてみれば、寧ろ後者のほうがずっと良かったのだけれども。
「アシエ!よかった、帰ってくれて!もしかして毛むくじゃらの原始人か何かに誘拐されたのかと思った!」
 部屋に入るなり、盛大にタックルをかまして抱きついてきた小柄な女の子は、押し倒すなり猛烈な勢いで頬を寄せてくる。
「何、それ、どんな心配?」
 そんな冗談にくすくすと笑いながら、アシエは普段見せない程柔和な笑みを浮かべた。
 彼女の名前はパルト・ネール。パルトはアシエが小隊長を担っている隊の研究員で、部隊武器の開発と改良、任務のオペレーション……加えて≪黙示録≫の解明まで行ってくれる、この隊にとっての貴重な人材と同時に好き仲であり、アシエが素のままの感情を見せる数少ない人物の1人だ。
「ちょ……っ!くすぐったい、くすぐったいからっ!」
 そんな彼女――パルトに後ろに回していた手でうなじをなぞられ、くすぐったさの余り暴れ出しそうになりながらも、何とか少女を引き剥がす。どうにも猛烈過ぎる歓迎だったのだが、アシエはパルトのこういうところが嫌いではない。

「へぇ、俺は暴力を振るわれたのに無視か」
――だがその時。少女の背後から、少しは上機嫌になっていた気持ちを再び深淵へと落とす、災厄の男の声が響いた。
 疎ましさを感じながらもゆっくり後ろを振り返る。と、そこに居たのは。
「……なんだ、起きてたの、リコス」
「起きてたのってさ、君」
 右頬を真っ赤に腫らしたリコスが、苦痛の表情を浮かべながら立っている。その表情に笑みは無く、いつものような余裕も見当たらないことを確認したアシエは、心の中で「ざまあみろ」と悪態を吐いてやった。
「相当に性格が出来上がってるね。人のこと蹴り飛ばしておいて、そんな一言で済ませるなんて」
「ごめんね。痛かったでしょう?もっと蹴られたくなったでしょ?」
「絶望的に謝れてないから、それ。謝罪の気持ちが無いなら、寧ろ何も言わなくていいくらいに」
 誰から見ても普通ではない光景。冷淡な口調で語る少女と、皮肉を叩きながらも腫らした頬を押さえる青年。たかが会話を聞くだけでも、互いが心の底から嫌悪しあっているというのが明白な筈だ。

 それが普通だ。普通なのだ。その筈だったのだが――

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